名前も知らなかったもの
会社の近くの道沿いにある花を見て、幼いころを思い出した。住んでいた団地の中庭にも同じものが植えられていた。濃い緑色をした艶のある葉と、薄ピンクのやや袋状をした花が特徴だ。
そのころ「集団登校」をしていた私は、待ち合わせ場所である団地の中庭で毎朝他の子どもたちが来るのを待っていた。たいてい一番乗りだった私は、しゃがんみこんでアリの巣を見学したり、朝日に照らされて出来た自分の影を観察して時間を潰していた。その薄ピンクの花も時間潰しのひとつだった。
花の中にいる透明の小さな虫や、子どもたちの間で「バナナムシ」と呼ばれていた黄色い虫、そしてたまにやってきて花のそばで滞空しているずんぐりとした形状の虫を見ていた。ずんぐりとした虫は、とめどなく羽ばたいていたから本当の姿はよく分からなかったのだけれど、まるで芋虫が空中を飛んでいるように見えた。
あのころ毎日見ていた自然。今になって、それらの名前が知りたくなった。というか、スマートフォンという便利ツールがあれば、すぐにわかってしまうのでは、と思ったのだ。Googleレンズとその他の検索機能を使ったところ、案の定、ものの数秒で答えに辿り着いた。
花の名はアベリア。その中にいた小さな虫はおそらくアブラムシ。「バナナムシ」は正式にはツマグロオオヨコバイというらしい。そしてあの「空飛ぶ幼虫」の名前はオオスカシバだそうだ。オオホバリングしながらアベリアの花の蜜を吸う蛾の一種らしい。
子どものころにぼーっと見ていたものの正体が分かり、すこしスッキリした。しかし、せっかく調べた名前も、数分後には忘れてしまうだろう。いくら後から名前が分かっても、私にとっては「バナナムシ」や「空飛ぶ幼虫」なのであり、それらを正式名称で誰かと話すことなどまずないだろう。