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居る

以前、喫茶店でお茶をしていたら、隣のテーブルで4人ほどの女性が楽しそうにおしゃべりをしていた。どうやら歌舞伎の話のようだ。私には知識がなくてよくわからなかったのだが、漏れ聞こえてきた会話の中で、いまだに覚えているものがある。今ではとても有名な歌舞伎役者さんが、ずっと前はまったく上手ではなかったというのだ。

「ほんとうにね、ただ立ってるだけで下手だったのよ。何もしないでも、立ってるだけで下手なのがわかるの!」

女性のうちのひとりがそう言っていた。「ただ立っているだけで下手」というフレーズが、私には衝撃的だった。そんなことがあるのだろうか。ただそこにいるだけで、「下手さ」というのは滲み出るものなのだろうか。

おそらく、そこに「居る」ということだけでも型や技術を要するのだろう。つまり「居る」というのは何もしていないようで、しているのだ。その身をまるごと使って、「居る」ということをしている。

歳をとった人に貫禄を感じるのも、きっと気のせいではない。長年培った細かい所作によって、「居る」をすることで、貫禄が滲み出る。日々の姿勢の蓄積が、5年後、10年後の「居る」を作っているのだろう。そう思い、自分自身のふてぶてしさを省みたら、何だかぞっとしてしまった。

数年かかるのを承知で、今日から態度を改めたら、私はもっと謙虚な人間になれるのだろうか。何ごとも、積み重ねが大切だ。

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