ダンナと私と東小金井
ゴールデン・ウィークだ。
普段やれないことをやろう。
ダンナの写真をひき伸ばして(結婚してしばらくはまだフィルムカメラを使っていたから、ネガフィルムから起こす必要があるのだ)義理の母に渡そう。
が、なかなかやる気が起きない。
写真を見て昔を思い出すのがつらくせつないのと、どんどん物事がはかどってしまうことに対する拒否反応というか…。
で、いつものごとく飲みかけのハイボール缶を横にダラダラとスマホ漬けになり、うつらうつらとし、気づけば深夜になっていた。
その時なぜか「コトブキヤ」という言葉がふいに思い浮かんだ。
なんだっけコトブキヤって? なんだかうちの母が言っていたような気がする。「コトブキ屋のケーキが」と。ネット検索で「コトブキ屋」と検索すると「洋菓子」と出てくる。やっぱりそうだ。検索を続けると、コトブキ屋のテレビCM動画が出てきた。「コーンフェクショナ〜リ〜♪ コトブキ♪」聞き覚えありまくりだ。でもなぜ急に思い出したんだろう。母が言っていたということは、食べたことがあるんだろう。
眠気が限界を迎え布団に入った。なぜかダンナが昔アルバイトしていたという東小金井駅前の蕎麦屋やおもちゃ屋のことを思い浮かべていた。「夢に出てきてね」とダンナに声をかけ眠りに落ちた。しかしダンナどころか夢を全く見ないまま翌朝目覚めた。
「コトブキ屋」のことをまた考えた。
「コーンフェクショナ〜リ〜♪ コトブキ♪」が脳内リフレーンしている。
そういえば昔、東小金井駅の北口にケーキ屋があったな。不二家じゃなかったっけ?「東小金井駅 北口 不二家」で画像検索をしてみた。あれ? もしかして不二家じゃなくコトブキ屋だったか。ペコちゃん人形がなかったような気がする。そのうちに素晴らしいサイトにぶち当たり合点がいった。
白黒写真に「KOTOBUKI」とバッチリ写っているではないか。そうか、駅前のケーキ屋だったんだ。通り過ぎるばかりで、ほとんど買ったことがなかったから忘れていた。ケーキといえば、母が仕事帰りに買ってきてくれる武蔵境駅前のパリジェンヌのアップルパイやベイクドチーズケーキが我が家の御用達だった。「コトブキ屋はたいして美味しくないのよね〜」と母が言っていたような気もする(ごめんなさいコトブキ屋さん)。
コトブキつながりで言うと、私の両親は結婚当初、東小金井の寿荘というアパートに住んでいたそうだ。法政大学の通りにあり、私が高校生くらいまではまだあったと思うが、えらくオンボロアパートでびっくりした記憶がある。でもなぜ東小金井に住んでいたんだろう。松戸に住む前と言っていた気がするからだ。
私は小学校から社会人一年生くらいまで東小金井で育った。ダンナもそうだ。ダンナと私はご近所さんなのだ。なのに互いのことは知らないままだった。歳が六歳違いなのと、ダンナは越境していて地元の学校に通っていなかったせいだろうと思う。かなりご近所さんなので、どこかですれ違ったりはしているはずだが。
コトブキ屋の右横に昨晩思い出していた「戸隠そば」が小さく写っている。ダンナがアルバイトをしていた立ち喰い蕎麦屋だ。一度も入ったことがないと言ったら「じゃあ入ってみよう」と二人で入ったことがある。ごくふつうの立ち喰い蕎麦屋だった。でもダンナが立ち喰い蕎麦が好きなのは、ここに端を発してるのかもしれないといまにして思う。
東小金井駅の南口には昔「トロイの木馬」というおもちゃ屋があった。ダンナはそこでもアルバイトをしていたそうだ。私も一時期よく行っていた。甘ったるい匂いのベティ・ブープの消しゴムを買ったり、当時大流行りしていたなめ猫の免許証を買ったりした。お年玉やお小遣いをかき集めて、トロイの木馬のチラシに出ていたコンピュータオセロゲームを買いに行ったこともよく憶えている(いまだにそのゲーム機を持っているが使えるだろうか)。ちょっと高価なおもちゃはニ階に売っていて、一階はところどころ床が透明でその中にもおもちゃが展示されていて、その上を歩くのがちょっとしたスリルだった。
オセロゲームを買いに行ったのは小学校六年生ごろだと言ったら「オレ、その頃バイトしてたよ」とダンナが言った。やはりすぐ近くにいたんだろうと思う。
あの頃はまだ自動改札なんてなくて、駅員さんがカチャカチャと器用に切符にハサミを入れていた。駅には伝言板というのがあって、先に行くとか誰とだれが相合傘だとかがチョークで書き殴ってあった。自分史上一番可愛かった小学校四年生頃、改札口の前で酔っ払いに抱きつかれたこともあった。あとで母にそれを言ったら激怒していた。
あれだけ取り残された感が永年続いた東小金井駅周辺も、駅前開発ですっかり様変わりしてしまった。幅を利かせていた地主がいよいよ土地を手放し、中央線が高架になり、マンションやら新しい商業施設やらがどんどん建った。
それと反比例するように、いまはあの頃の東小金井がむしょうに懐かしい。写真が撮影された当時、まだダンナはここで生きていて、アルバイトをしたりオートバイに乗ったりしていたんだと思うと、胸がいっぱいになってしまう。
連休が明けたらいやでも現実に戻らねばならない。だから昔のことを思い出してばかりいる連休で何が悪いと思う。
きっとダンナが思い出させてくれたんだろう。