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誰かに喜んでもらえること
跡取りとして家業に入り24年。旅館業の前は音楽の仕事に就いていた私。
幼いころからの音楽、ピアノとの時間がいつしか大学まで続き、今では旅館のロビーでピアノを弾いている。
ここまで至るまでは紆余曲折。
4人姉妹の長女だった私は、父に説得され、そして自分で決めて東京から戻ってきた。どこかの旅館で修行という選択ではなく自分の傍で学ばせたいという父の思いからはじめから緑水亭へ。「ピアノなんぞもう辞めろ」と言われたことは今では”中途半端にするな”という父からのメッセージだったに違いない。しばらく音楽から離れ旅館修行に専念した。
3年ほどかけて館内すべてのセクションを経験し学び、バックヤード業務、仕入れに調理、パブリックなど社員と共にシフトを組み込み、動いた時間は私にとっても貴重な時間となった。ようやく”接客”という表舞台に立たせてもらうようになったころにふと、父から思いがけない言葉が。
「ロビーのピアノで演奏して見ろ」
いまさらなんだ??
そんな思いからも久しぶりに音を奏でた。やはり心地よい。
体が自然と動く。
そして、お客様が立ち止まり聴いてくださった。
父が「明日も弾いてみろ」と。
お客様が聴き入る姿をじっと見ていた父。
多くは語らず、弾くことを許してくれた。
お客様が笑顔になっている、喜んでくださっている。
今までにない雰囲気がロビーを包んでいる。
これが今では名物の「緑水亭ロビーコンサート」のはじまりだ。
今の私の姿は、はじめから自分が描いていたものではない。
商売をしていると跡継ぎ問題というものがのしかかってくるものだ。
仕事を継ぐ、歴史を継ぐ、心を継ぐ。様々思いは違うけれど、自分の道を断って進むのではなく、つながっていることを感じられたことが、
”一生懸命やる”という私の中の気持ちの踏み台となっている。
お客様が喜んでくださること、拍手をいただけること、”ありがとう”と
お客様から頂けること。このことは音楽も旅館も同じであった。
きっと父もそれを感じてくれたに違いない。
今はもう一緒に働くことはできないが、私にとって、父が亡くなるまでの
3年間、傍で跡継ぎとして修業できたことは最大の勇気にもなっている。
誰かのために。
私達は温泉旅館で、たくさんの”ありがとう”をいただけるようにと
仕事をしている。一人一人のしていることが、どこかで必ずお客様の
心に響く。
だから、今日も頑張れる。