アリスとテレスの物語④
<アリスとテレスの物語③の続き>
レイの気品のある歩き姿のうしろをついて行くと、しばらく細長いクネクネとした道が続きました。いくつもの角を曲がって、どのくらい歩いてきたのか、わからなくなったころ、急にレイが立ち止まりました。
「ここです」
ハッと目を上げると突然、それまでとはうって変わって、明るく大きな空間が広がっていました。
それまでの薄暗い道との違いに驚き、急な明るさにびっくりしてアリスは思わず目をパチパチしました。そして、よく見ようと大きな目をさらに見開き、ぐるりと見渡しました。
高い高い天井は、丸いレリーフが美しく、まるで教会のようでした。
美しい彫刻がほどこされた壁一面は、たくさんの本によって埋め尽くされています。部屋の真ん中には大きな丸いテーブルがあって、カーブが美しい素敵な椅子が並んでいました。
テーブルでお茶をいれていた銀髪のマダムが、アリスに気づくとにっこりとほほ笑みました。
「ようこそ、アリス。私はイリーニ。私が、レイをあなたのもとに行かせたのよ。来てくれてうれしいわ」
その笑顔を見てアリスはとてもほっとしました。そして、なんだかとても懐かしいような気もちになったのです。
「はじめまして。あの、ここ、素敵な場所ですね」
「ありがとう。ここはね、人間にとって、世界でもっとも近くて遠い場所につながっているわ」
「世界で、もっとも近くて、遠い場所?」アリスは目をパチクリさせました。
茶目っ気のある顔で、マダム・イリーニがこちらを見つめています。
「どこだと思う? それは、あなたの中に存在するけど、見えない世界」
アリスが腕を組んで上を見上げると、壁に彫られたハートの彫刻が目に入りました。
「あ! もしかして……こころ? ですか……?」
マダム・イリーニは、うれしそうに、うなずきました。
「こころは、いつでもどこにでも行きたい場所に、すぐ行けるでしょう。それにこころの中では死んだ人にだって会えるし、過去から未来まで、時空を自由自在に行き来できるの。つまり、こころというのは、人の中にある、魔法みたいなものとも言えるかしら」
「そうかぁ。こころってなんだか不思議」
マダム・イリーニは、アリスに椅子をすすめ、いれたての香りのいいお茶を出してくれました。
「ここは、そのこころにつながっている場所なの。人のこころの中には、内なる王国があります。ここではそれを『こころ王国』と呼ぶわ。アリスの中にもこころ王国があって、そこにはいろいろな気もちの国民が住んでいるの」
アリスは出されたお茶を飲むことも忘れて、キョトンとしました。
「私の中に国民が住んでる?」
アリスは不思議な気もちになりました。
マダム・イリーニは、ニコニコとほほ笑みながらゆっくりうなずきました。
「そう、こころ王国には、いろいろな気もちの国民が住んでいてね。例えば、強気な国民、弱気な国民、優しい国民、悲しい国民、やる気国民、疲れた国民、ドキドキ国民……とか、それぞれの気もちをもった国民が住んでいるの。あなたの中もそうじゃない?」
アリスはいろんな気もちになった時の自分を思い出してつぶやきました。
「あれが、私の中にいろんな気もちの国民がいるってことか」マダム・イリーニは、にっこりうなずきました。
「アリスの中には、アリス王国があるわ。私の中にも、私の王国があります。そして、そのこころ王国が、どんな国になっているか? が、その人の幸せの違いを生んでいるの」
幸せ、と聞いてアリスの脳裏にテレスの顔がすっと浮かびました。
「じゃあ、誰かのこころ王国を見ると、その人が幸せかわかるんですか?」
「そうなるわね」
「あの、私……」
アリスはどうしようかと迷いましたが、思いきって言いました。
「親友のテレスが、本当に幸せかどうか知りたいんです。なんだか最近変で……。もちろんまわりに評価されるのはいいことだけど、全然楽しそうじゃないっていうか。テレスは昔から笑うと顔がクシャッとなるんですけど、最近は笑い方も違うし」
マダム・イリーニは、アリスの言葉をひと言ももらさないように真剣に聞いてくれました。
そしてゆっくりうなずくと言いました。
「わかったわ。じゃあ、お友だちのこころ王国を、ここにある鏡で見てみましょうか」
そう言うと、マダム・イリーニは、部屋にあった大きな鏡をコツコツとたたき「テレス王国の様子を見せておくれ」と言いました。
すると、鏡が波打ち、どこかの街の情景が映し出されました。
*
そこでは、役人たちが「他の王国に頼まれたので、あれを今すぐやるように」「今日中に、これを仕上げるように」など、次々に指示を出し、国民は休む暇なく動き回っていました。人々は重い足を引きずり、やつれて疲れきった顔をしています。
また「国民に休みを」「もっと国民を見ろ」というプラカードを持って歩いている国民もいましたが、警官が走ってくると、あっという間に手を縛られて連行されていきました。うつろな目であきらめきったような国民が、それを悲しい顔でながめています。
*
アリスは、この様子を見て、がく然としました。
「テレスのこころの中は、こんなことになってるの?」銀髪のマダム・イリーニは静かにうなずきました。
「え? でも、テレスはとてもやさしい子で、普段、誰かにこんなことする子じゃないわ」
アリスが驚いていると、マダム・イリーニが言いました。
「誰かにそんなことをしてなくても、自分の王国の国民に対して、こういうことをしている人は多いわ。まわりがどう思うかを優先すると、自国民の声なんて聞いていられないの」
アリスはその言葉に、あっと声をあげました。
「確かに、テレス、自分の気もちはどうでもいいって言ってた」
マダム・イリーニはうなずいて、鏡の中の国民を見て言いました。
「どうやらテレス王国では、国民の声は聞いてもらえていないようね」
「でも、テレスは国民を苦しめたいと思ってるわけじゃないと思うの。自分の中に国民がいて、こんな苦しそうにしてるって気づいてないだけだと思う。それなら、気づいてもらえばいいのかな。でも、いったいどうやって……?? う〜ん」
腕組みをして考えていると、マダム・イリーニが言いました。
「テレスが内なるこころの王国に入って、国民を見て、一緒に話せるといいわね」
アリスはハッとして顔を上げて、マダム・イリーニの瞳をくいいるように見ました。
「どうやったら入れますか?」
「テレスがここに来ることかしら。ここでは、誰かのこころ王国を見ることができるの。でも、こころ王国の中には、本人がいないと入ることができないの」
「テレスを、ここに連れてくれば、彼女のこころの王国に入れるということですか?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ私、連れてきます」
アリスは飛び出して行こうとして、ふと立ち止まりました。
「でも、どうやったらこころ王国のことを、うまく伝えられるかな。えっと、う〜ん……」
頭を抱えるアリスを見て、マダム・イリーニは銀色の美しい小さな手鏡を渡してくれました。
「これを持って行きなさい」
そっと渡された手鏡は、見たところ普通の鏡のようです。マダム・イリーニはアリスにその手鏡を握らせて、一緒にその鏡をのぞきこんで言いました。
「この手鏡は、持っている人の内なるこころ王国を映し出すわ。手鏡を持って、指で鏡を軽く弾けば、その人のこころ王国が見えるの」
「うわー、わかりました。ありがとうございます」
アリスは手鏡をにぎりしめると、洞窟の外へと駆け出して行きました。
来た時とは反対にあっけないほど早く、見慣れた丘にたどり着きました。太陽はすっかり海の向こうに姿を隠し、夕焼けが薄紫色のグラデーションで世界を包んでいるようです。
もう遅いから、テレスには明日学校で話そう。でもせめて、何かひと言伝えておこうと、アリスはメッセージを送信しました。
*
そのころ、テレスは・・・
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・この先で、アリスとテレスを待ち受ける事件とは?
・黒い帽子をかぶった男との行く末は?
・テレス親子は、どうなっていくのか?
この先は「アリスとテレスの物語」を手にお楽しみください(^^)
アリスとテレスの物語は、人生の幸福度や最も関係あるEI=Emotional Intelligence(こころの知性・感情的知性)の土台でもある
「自己理解」→「自己受容」→「自己信頼」→「自己表現」
に至る心の中が、誰にでもわかるように描かれたお話。
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