確かにそこには愛があった
今読んでる本。
「実母と義母」村井理子著
彼女の実母と義母との関係、
そしてそこから見える家族の歴史や
自分の在り方について書いてある。
これは父が亡くなる一年前ほどの話。
母は娘と孫に前で言った、
お父さんとお母さんは戦争してるのと、
手をぎゅっと握りながら。
この時の複雑な気持ちは今でも覚えてる。
そんな両親の元で育った私。
必ずしも平坦ではなく、平和ではない
家庭環境にいたけども、、
振り返ると、そこにあったのは「愛」
だし、愛された記憶なんだ。
あんなに反抗して、あんなに、
傷つけあって、それでも根底にあるのは
愛だったて。
どんだけ遠回りしたんだろうか。
ほんとはあるって認めるだけで良かったのに、
見えなくしてたのは自分自身。
そして、母自身のフィルターによるものなのかもしれない。
そうなるにはもちろん理由や、出来事があったし、それはそれで彼女の歩いてきた道。
歴史なのだ。だから子供といえどもそこは
入り込めないし、覆すことはできない。
だとしても、、
娘の私は、愛があったことを。
感じているし、伝わってる。
親だって必死だった。
必死に生きてきた。
それで十分。
時に砂糖と間違えて、粉洗剤を舐めたり、
テーブルのポプリのレモンを
かじって、これは食べられないやつ!
と、食い意地の張ってる父。
なんでも口にするなんて!
赤ちゃんかよ!と、思ったものである。
厳しく、美意識も高く。時に罵倒もされたが。
飲んで終電逃して歩いてる娘を迎えに
隣駅まで歩いて迎えにきて、
目の前に現れた時はびっくりしたっけ。
→スマホの充電もなく、最寄駅二駅先から
電話かけて、それから歩いて帰るという。
ことをしていたら。
道を1本違えてたら、会うことはなかった。
あれはすごいなと思った。
母が入院した時、手紙を書いてて。
なんで書いたのて聞いたら。寂しいから早く帰ってきてていう、ラブレターだと、恥ずかしそうに言ってたっけね。真面目にみえて、面白い父。
過去の2人は色々すれ違いも多く、
想いの伝え方が違って理解ができなかった2人ではあるけど、あの2人の子供でよかったんだなぁと。今は思う。
ヘンテコな家族だけど、幸せなのだ。
あの家族に揉まれたから笑
今の旦那や娘にも出会えたのだ。
無駄なことてないなぁ。
と、家族自慢を書きながら振り返ってみた。
そんな家族自慢はこちら👇
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