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出会い直し【短編】

ワーケーションに参加したのは、言ってみれば強制だった。

芦ノ湖で行われる2泊3日のワーケーションプログラム。
他の会社からの参加者と一緒に、自分を見つめ直すワークショップに参加して、交流を深め、リフレッシュして仕事の再スタートを切るというのが目的だった。
任意参加ということをマネージャーは強調していた。

今週の仕事が山積みだった私は、マネージャーが説明するそのプログラム内容にも気もそぞろで、残っている仕事の段取りを考えていた。

一通り話が終わった後、私の前を通り過ぎようとしたマネージャーが、肩をたたいて言った。

「スズキは参加者に入れておいたから」

え?

「お前、ここんところ、いつも眉間にしわが寄ってるぞ。行き詰ってるんだろ。いろんな人に会ってこい」

そんなマネージャーが大嫌いだった。

「今週忙しいのも、マネージャーがばんばん仕事をふってくるからじゃない」
心の中でそう思った。

さっき私の肩をたたいた時に、マネージャーの持っていたスマートフォン。趣味の悪いストラップがついている。女子高生みたいに、綿毛だの、紙粘土でつくったようなボールだのがくっついている。そんなどうでもいいものでも目障りに思えるほど、マネージャーが大嫌いだった。

終業近くに、いよいよ本当に仕事に行き詰まり、念のためにマネージャーに進捗報告をしようと思ったのだが、マネージャーはすでに早退をしていた。「子供が熱を出した」そうだ。いつも肝心な時に、嘘丸見えの用事でいなくなるんだから…と、その日はより一層腹立たしかった。



月末。そのワーケーションプログラムの初日は、背筋が凍るほど寒い日だった。
芦ノ湖へ向かうバスを待つのは、私をいれ、社内の参加者3人。
と思いきや、マネージャーが出発時刻ギリギリに走ってきた。

「え? マネージャーも一緒なの? …最悪」

あまり気の乗らない旅が、余計につまらないもののように思えて、バスに乗りこんだ。



最初のワークである芦ノ湖畔の2時間のハイキングコースを歩き終えた私は、夕食をとり、他社の参加者と協業でやるワークショップへ参加した。

そのワークショップのテーマは、「出会い直し」だった。

その意味は、「他者との出会い」「自分との出会い」。それを通じて仕事を見つめ直すというものだ。

5人一組で輪になって話し合うのだが、マネージャーが隣の輪に居て、私と背中合わせになって座っていた。それだけで気分が悪くなりそうだった。

最初のテーマは「自分のお気に入り」。「忙しくてまだ使えていないのだけど」とつまらない突っ込みをいれつつ、最近自費で購入した業務効率化のソフトをあげた。

ふと、後ろで話すマネージャーの声が耳に入ってきた。

「僕のお気に入りは、スマートフォンのこのストラップです。入院している脳性麻痺の娘が、マヒした手で作ってくれているんです」

私は耳を疑った。

目を細めていつもダサいとバカにしていたストラップ。それは、お子さんが作ったものだというのだ。

その後のワークショップの内容はあまり頭に入ってこなかった。

ただ、マネージャーの声だけに集中していたからだ。

「私の得意技」とというテーマで、マネージャーは「僅かな顔の動きだけで、人の感情を読みとめること」としていた。脳性麻痺の娘さんと接するうちに身に着いたのだとか。

「今の自分の心配事」というお題では、入院している娘さんがこのところ週末に限って熱を出すことをあげていた。すぐに「子供が熱をだした」といって早退ばかりしていたマネージャーの姿を思い出した。あれは本当で、早退して病院に駆けつけていたのだ。



ワークショップが終わり、ようやく今日寝る個室の部屋に入ることができた。
湖畔が全面に広がる部屋だった。

窓の外にウッドデッキが湖畔に向かって伸びていた。
すこし歩いてみると、びっくりするほどの寒さだった。
しかし、次の瞬間、私は目を2倍くらいも見開いた。

星だ。
今にも迫ってきそうな無数の星が、視界いっぱいに広がっていたのだ。

そして、しびれるほどの静寂と森厳な空間のなか、マネージャーのことを考えていた。

人の僅かな表情で心が読めてしまうマネージャー。私がここのところ、仕事に行き詰っていたのを、私の表情から汲み取り、心配していてくれたのかもしれない…

身体が凍り付きそうなほど寒くなってきたので、部屋に入ろうとした。
寒くてマヒした目尻に涙がたまってきたが、その涙は寒さのせいだけではなかった。

次の日。
早朝のワークで、参加者皆でハイキングコースを歩いている最中に、マネージャーが声をかけてきた。

「よお。どーだった? 昨日は。
自分との出会い直しとやらで、なんかに気づいたか?」

ぶっきらぼうに放った言葉に、ちょっと意地悪く余白を持たせた後に、私はこう言った。

「出会い直し、できました。マネージャーと!」

きょとん、としているマネージャーが、なんだか少しだけ愛おしく思えた。


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