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保守本流と反動社会主義

 カール・マルクスとエンゲルスは共著『共産党宣言』において、共産主義成立以前の社会主義運動を大きく3つに分類しました。それは、
・反動社会主義
・ブルジョア社会主義
・空想的社会主義
の3つです。そして、マルクスが革新的な要素を持つと認めたのは、空想的社会主義だけであり、反動社会主義とブルジョア社会主義には革新的な要素を認めませんでした。
 ブルジョア社会主義とは、資本主義体制下で一見社会主義的な主張を行う勢力を指します。青空文庫を底本に『共産党宣言』からブルジョア社会主義の主張をまとめると、こうなります。

勞働階級の利益󠄃のための自由貿易! 勞働階級の利益󠄃のための保護貿易! 勞働階級の利益󠄃のための監獄改良! これがブルジョア社󠄃會主義の、最後の言葉であり、ただ一つの眞󠄃面目に考へられた言葉である。

 これはまさに、今のリベラル派の主張そのものです。
 労働組合を支持母体とする政治家たちが、ある時は「TPP推進!」と叫び、またある時は「関税を守れ!」と叫び、またある時は「刑事司法制度改革」を推進する。こうした政治家はリベラル派と呼称されていますが、マルクスは彼らに資本主義体制そのものを変革する気は無いと判断したわけです。
 実際、今日の日本でもいわゆるリベラル派に資本主義体制そのものを変えようとする方は少ないでしょうし、中には大企業の労働組合の代弁者としか思えない既得権益側の方もいます。
 ですから、ブルジョア社会主義というのは自由民主主義体制の補完勢力であると考えるのが妥当でしょう。
 一方、「反動社会主義」と言うのは何に対しての反動なのか、と言うと、それは自由民主主義に対する反動です。
 マルクスは(エンゲルスかも知れませんが)反動社会主義を「封建制社会主義」「小ブルジョア社会主義」「ドイツ社会主義」に分類しています。このうちドイツ社会主義は今の日本に関係はありませんが、封建制社会主義や小ブルジョア社会主義とマルクスが呼んだ思想は、今の日本にも関係があります。
 封建制社会主義とは、貴族階級や教会勢力が労働者を取り込んで行う反資本主義的な主張ですが、その内容は資本主義が導入される以前の状態への回帰を求める者であり、マルクスはそれを「封建制への反動」と解釈したわけです。
 しかしながら、自由民主主義体制への反動をすべて封建制回帰と解釈するのは、マルクスの誤認と言わざるを得ないです。貴族階級の中には中世(封建制)を通り越して古代に回帰しよう、という方は、いつの時代にもいましたから。
(日本では律令国家への回帰ですが、ヨーロッパではローマ帝国への回帰がそうした主張になります。今でもヨーロッパの貴族階級がローマ帝国の公用語であるラテン語を教養としているのは、古代をどこかで理想視しているから、とも言えるでしょう。)
 小ブルジョア社会主義とは「小資󠄄本家と小農」を母体とした、所得の再分配を求める運動です。
 今の日本で言うと中小企業経営者や個人事業主、農家と言った人たちですね。彼らは誰かに雇われているわけではなく自分である程度の資産を以て仕事をしていますが、大企業や大株主と言った「大資本家」に対しては弱い立場です。
 しかし、マルクスは彼らに対して冷淡です。『共産党宣言』ではこう記しています。

中產階級の下層󠄃たる、小製造󠄄家、小商人、職󠄃人、農夫等もまたみなブルジョアジーと戰ふ。けれどもそれは、中產階級としての滅亡󠄃を免󠄄れんがために戰ふのである。故に彼らは革命的でなく、保守的である。いなむしろ彼らは反動的である。彼らは歷史の車輪を後ろにまはさうとするものである。

 つまり、彼ら小ブルジョア社会主義勢力も世の中を資本主義以前の状態に戻そうとしている「反動勢力」(歴史の車輪を後ろに回そうとしている勢力)である、と考えている訳です。
 さて、こうした「反動社会主義」を今の日本に当てはめるとどうなるでしょうか?
 自由民主主義体制になる以前から存在する天皇陛下や神道を尊重し、中小企業経営者や個人事業主、農家を支持母体とする、所得の再分配を重視する勢力――そう、まさに我が国では「保守本流」と呼ばれていた勢力そのものです。
 問題は、マルクスがこうした保守本流的な主張を「反動社会主義」、つまり「社会主義を装った、時代の流れを読めていない反動勢力」としか認識できなかったことにあります。
 マルクスの歴史観は進歩史観であり、また「下部構造が上部構造を規定する」の言葉が端的に表している通り、「歴史の必然」のようなものが存在すると言う見解でした。
 ですから、マルクスは空想的社会主義に革新の要素を認めつつも、「プロレタリヤ階級の發達󠄃がまだ極めて幼稚であり、從つて自分の地位をもただ空󠄃想的に考へる時代」であったため、空想的な主張に終わったと解釈したのです。
 この背景には「古代よりも中世が、中世よりも近代が、より進歩している」という大前提があり、そして、近代の中でも空想的社会主義の時代よりも当然、科学的社会主義(共産主義)の登場した時代が進んでおり、やがては資本主義が崩壊して科学的社会主義の勝利が来る、とマルクスは考えたわけです。
 しかしながら、保守派は逆に「上部構造が下部構造を規定する」と考えます。典型的なのが古代の天譴説です。これは為政者の徳によって災害が起きるかも決まる、という考えです。
 それは置いておくにしても(東日本大震災の時やサーズ2型蔓延の時の為政者の顔を見ると迷信とは言い難いですが)、歴史が進むのは進歩だけではなく、腐敗のことがあるのも事実です。
 私は古代の律令国家の腐敗が中世の王朝国家を生んだと考えていますし、こうした歴史的な腐敗を是正しようと言うのが保守主義であると考えています。

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