(日記)しょーもない思い出
待ちに待った○月×日水曜日。
今日は母と祖母と買い物に行く。
祖母の住んでいるところからも、私と母の家からも少し遠い。
母と二人で集合場所に到着。
母がガラケーで祖母にショートメッセージを送る。
「今着きました。」
祖母から5分後に返信が。
「あと20分くらいで着きます。」
私たちの方も集合時間に少し遅れていたのに、何かあったのだろうか。
着いてから訊いてみると、
「踏切がもう閉まってるのに渡る人がいて、そしたら警報音がいつまで経っても収まらなくなって20分ずっと立ってたの。」
祖母は足が悪いので、立っていられたと聞いて少し安心してしまったが、今となれば踏切の方が気がかりだ。
外はとても寒い。急いで店に向かった。
しかしそのお店は開店時間が一時間後だった。
ということで、母と祖母お気に入りのレストランに行くことになった。
外食なんかほぼしないし、苦手だからしたくもない。
でも、母の言うことに反論する方法も理由も今はないので、行くしかなかった。
このお店は初めてだけど、なぜかあまり不安ではない。
席に座ろうとすると問題に気がついた。
大量の荷物を置く場所がない。
祖母は足が悪く、小さいキャリーバッグを引いている。
母は私のための大きい絆創膏や消毒液など、救急箱を抱えている。
私は靴下を買う参考にするための革靴を鞄に入れて持ってきた。
気の利いた店員さんが、幾つも荷物入れのかごを持ってきてくれてどうにかなった。本当に優しかった。
(迷惑だなんて思わないでいてくれる人がいる。)
この時間のメニューは6種類しかない。
母いわく、オムライスが一番おいしいみたい。
本当に美味しかったのはなんでだろう。
私の場合、外食となると、少し気分が悪くなるのが正常。
何度も水を飲みながらなんとか完食した。
でも、いつもよりは随分楽だった気がする。
少し咳をしたが、おそらく店員さんの温かい視線のおかげか
すぐに治った。
都会だが、優しい空気だった。
会計の時になった。
「とても美味しかったです。みんなとっても丁寧で、ありがとうございました。」
勇気を出して言ってよかった。
一部の人からすれば、
「言葉が少しおかしくないか。」
あるいは「正しい文法が使えなくなった現代の子供だ。」
と思われるかもしれない。
実際、私はいまだに家族とでさえコミュニケーションをとる上での壁がある。
あまり、‘自分で考えたこと(感情)をとっさに口に出して言う’経験が少なかったから。
小学校の時、学校の先生と仲が悪く、大人と話すこともあまりなかった。
でも。
少々おかしくても、
店員さんは照れくさそうで、気にしていないようで、笑っていて、喜んでくれていた。