「止まった時計」
以前、テレビで見て、「おっ、なかなかカワイイ子だね〜それに◯◯◯じゃあないか」と中年クソジジイのセクハラ視点で見てしまったアーチャリー(麻原彰晃の三女)の手記。
彼女にとって父・麻原彰晃は、いつも優しくて、何も言わずに温かく包んでくれていた存在で、物心ついてからは、母親が特に厳しかったこともあって、父に対して、常に、“良く思われたい、認められたい、褒められたい”との思いを持ってたらしい。
その思いはどうしても拭いきれずに、麻原が裁判の途中で“廃人”となり真実が永遠にわからなくなったため、あれだけの事件が本当に父だけの命令によって実行されたのか?との疑問もあるようだ。
そんな彼女が父親の逮捕を機に、オウム教団の内実や事件、人間関係を知り、マスコミや警察・検察、裁判等を通して、現実の社会との軋轢に苦しみ、それでも、社会復帰しようともがいた半生はやっぱり凄まじい。特に日本では。なんせ外の公的な教育施設は幼稚園だけで、後は教団内で育ったのだから。
罪はなくても、麻原彰晃の子供として生まれてしまった悲劇としか言えないけど、学校に行きたくても拒否されるし、やっと仕事を得てもバレればクビになり、心を病む中、なんとか理解を得て大学に入り心理学を学んで卒業したのだから素晴らしいと思う。
でも、いくら元オウム教団関係者と距離を置こうと思っても、アーチャリーという名前は彼女に付いてまわり、母親や上祐史浩氏他、自分の団体の宣伝にと画策する勢力に利用される。
幼い頃から教団で育ったので、基本の価値観がそこにしかないので、独立しようと思っても、助けてくれる元関係者を頼るしか術はなかったのだ。
結局、麻原には妻と6人の子供(隠し子含む)がいるが、今はバラバラで連絡も取ってないようだ。
しかし、麻原彰晃の子供だから正大師って、それだけでも、いかにオウム教団が中身のない非科学的な陳腐な教義を信仰していたのかがわかるね。たいてい、こういうカルト団体はトップの権力欲を満足させるためだけに活動してることが多いが、その部分は後継団体も同じだ。
いかに荒唐無稽な教義であっても一度信じ切って依存してしまうと、そこ以外に価値観を見出すのは困難を極めるようだ。深い信者ほど、元オウム教団とは離れても、結局、似たようなところでの活動に戻っていく。
オウム教団が起こした一連の事件は、麻原彰晃他の処刑で終わった感があるが、犯罪までいかなくても、コロナ禍でも似たような事例が起こってると思う。変わらない。
脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。