「宴のあと」
再読。
実際の人物をモデルにしたため、日本初の“プライバシーの侵害”裁判(後に和解)となった作品。
高級料亭の女将、福沢かづと、都知事に立候補する元外相、野口雄賢(ユウケン)の、大人の恋愛から結婚、都知事選、敗北、別れに至る物語。
現実的な政治を材料にしてるとはいえ、三島らしく、女性(しかも50代の中年)心理の描き方は秀逸で素晴らしい。
都知事選に当たって、真っ当な姿勢で選挙を戦う野口に対し、夫のために夫に内緒で、料亭での経験を活かして、選挙違反でも裏切りでも黒幕を使うことでもやってのける行動的なヒロインかづ。
つまり、政治家が非政治的で、無学な庶民が極政治的で票を動かしたという皮肉が面白い。
都知事選が大きな宴であって、敗北で終わって、引退して好々爺となりたい野口と、また政治的手腕を発揮して料亭の再開に乗り出すかづ。野口は表に出ようとするかづを認めたくなくて離縁の結末。
社会的現実に対する男と女の対処の違い、ロマンチックな理想主義よりも、金まみれの汚れた現実が、実際の政治を動かすという、日本の風土も加味した描き方が、三島由紀夫そのものに思われて興味深い。
「野口は人間のやることとして、政治にも愛情にも逕庭のあろうはずはないと言う考えだった。人間のやる事はみんな同じ原理に基づいており、政治も愛情も道徳も、それぞれの星座のように決められた法則に従って動くべきはずのものだった。だから、その一つの裏切りは他の裏切りと全く同等で、いずれも全体の原理に対する裏切りにほかならなかった。姦婦の政治的貞潔も、貞女の政治的裏切りも、同じような不徳であり、しかももっと悪いことには、一つの裏切りは次々と感染して、原理全体の崩壊を促すことだった。…かづが奉加帳を持って政敵の間を廻ったことは、彼女の姦通に他ならず、かづはそれらの男と「寝た」のであった。」。
ちなみに、「この物語はフィクションで、実在の人物とは関係ありません」という断り書きはここから始まった。
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