「夜会服」
純文学として書かれた長編ではなく、当時、女性誌に発表した気軽に書かれた娯楽エンタメ小説のひとつ。
三島由紀夫の特徴である、これでもかと観念的な言葉を使った、時に難解な表現は影を潜めて、わかりやすくて、とても読みやすいが、やっぱりエンタメのみに収まりきれずに、所々、三島ならではの表現が顔を出すね。
基本は、嫁と姑の確執の物語。上流階級の未亡人の息子と結婚した、実業家を父に持つ主人公が、初めてのお茶会やパーティに、慣れぬ“夜会服”を纏って参加する中で、姑や夫との間に心理的な駆け引きを繰り広げるというものだ。一種の心理小説だね。
上流階級の社交の世界は、三島がお得意とするもので、宮様も加えて、その様子がとても上品に描かれている。
社交の世界にドップリとハマっている姑と、そんな世界を嫌って虚無的な博覧強記の夫(息子)、そして、新しく上流階級の社交の世界に足を踏み入れようとしている嫁が、姑と夫、それぞれの何気ない言葉で板挟みになって悩み苦しむ。
しかし、最後は宮様の助けもあって円満解決という、一応のハッピーエンドだ。
深読みすれば、三島由紀夫自身の仮面と矛盾と戦後の日本という現実との間で存在を問いた悲哀のようなものを感じないことはないね。最後の解決が宮様ってのも…。
「あなたは女がたった一人でコーヒーを呑む時の味を知っていて?それはね、自分を助けてくれる人はもう誰もいない。何とか一人で生きて行かなければ、という味なのよ。女は人のいない野原みたいなものを自分の中に持ってる。男は、その野原の上を歩いて、悲壮がって、孤独だ孤独だなんて言ってるにすぎない」
クーー、この表現、スゲ〜。マスラオを演じた男のくせに、こんなに女の心理を描くなんてなぁ。
脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。