「砦に拠る」
去年、大分・日田市と熊本・小国町にまたがる下筌(シモウケ)ダムの反対闘争に関する資料を展示した、中津江村にある小さな資料館を見学したが、絶版であった松下竜一氏が著したノンフィクションをゲット。
ダム建築予定地の山の斜面に「蜂ノ巣城」と呼ばれた砦を築いて、国家や建設省に最後まで抵抗を続けた、13年に渡る反対闘争のリーダーであった室原知幸氏に焦点を当てた、闘争の記録文学である。
地元の名士でもあった、還暦をとうに越した室原氏は、村で唯一の大学出であり、闘争に当たって、大量の書物を取り寄せて、睡眠時間を削ってまで、法律から地質学、河川工学、気象学、ダム工学、電気工学など、ダムに関するあらゆる学問について猛勉強している。
とにかく“谷間の専制君主”と呼ばれるほど、超強烈な個性を発揮して、教祖的態度で有無を言わさずに地元住民を従えて、闘争の最前線で闘う姿には、自治体も建設省も国も、マスコミでさえも恐れを成すくらいで、関係者が、ご機嫌伺いに日参するくらいである。室原氏は、ダム建築の関係者なら面会謝絶だけど。
前にYouTubeで闘争の様子を見たけど、砦の排除に動く警察関係者を前に、3時間も持論をぶつ室原氏には鬼気迫るものがあった。
用地に、自ら作った建設省などを揶揄する狂歌(?)を書いた看板を立て、例え、国家権力であろうとちゃんと礼節を求めて、強権的な国他の動きに対して、「無礼者!」と怒鳴り散らす気概ある態度は、事の善悪は別にして、文句なくカッコいい。
「民主主義の根幹は国民一人一人の権利の徹底的な尊重にあるたい。公共性の中身を徹底的に吟味し、手続きも万全を尽くさにゃいかん。ただお上の決めたこつじゃき従えちゅう思い上がりが、俺は許せん」と室原氏。
黒澤明監督も、この件を映画にしたいと考えていたという。大島渚監督がドキュメンタリーを撮るため訪れている。
当然、蜂ノ巣城は落ちたものの、日本のダムの歴史上最大となった九州の一地方のダム建設反対闘争であるが、昭和30〜40年代の日本における民主主義の実態を、私権と公権の限界を、室原氏の存在が明らかにしたといえる事案であったと思う。
「法にかない、理にかない、情にかなう、これが民主的なやり方だ。私は歴史の中に真実の記録を刻み込むつもりだ」と言った室原氏は、建設省らと地元住民の和解が成立した後の1970(昭和45年)年6月29日に死去している。
室原知幸というカリスマが、建設する側とそれに反対する側の実態、引いては、日本の不完全な戦後民主主義の実態を炙り出したといえるし、戦後、各地に起こった反対闘争の排外的な“ムラ”の倫理とは一線を画した闘争であったのではないかと思う。
とても興味が引かれるノンフィクションであった。
https://youtu.be/ByDd_K27iw8?si=DTIi2UIBCUSmZXLL
https://youtu.be/xXXG-Ybhkoc?si=h9tTjLShkMJJzV-v