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理想と夢の暮らし方 その2

今日は節分。
私は100本以上の恵方巻きを作りました。
たいていの人の、一生分以上の巻き物を1日で作っているのかもと思うと、なんだか誇らしい。スーパーアルバイトも良いものです。

ひたすら巻き巻きしていると、色々なことを考えます。
ずっと、食、農に関わりたいと思って
生きているけど、関わり方は無限。
日々の成長と共に変わっていく、食への気持ちを、また残します。

・ ・ ・

昨年の9月より、少し進化。
(↓読み返すと、我ながら元気いっぱいな文である。予想通りもうこんな言葉はでん。)

9月に書いたこのnoteの中に
「生産者と消費者が双方向」
「周りの色鮮やかな世界」
「ときめきセンサー」
と言った言葉が出てくる。

食、農を除いたら何が残るんだ。と
言わんばかりの、私の体験談。

たった5ヶ月弱で、何が変わり、何を綴りたくなったのか。
恵方巻きを巻いているときから、今日はnoteを書こうと妄想していた。

前の図とはちょっと違う。
なんなら大切にしている「双方向」がない。

いち消費者である、私の脳内と体験を表したつもり。

いくら、農業高校に行ったって
いくら、地域と関わっていたって
いくら、スーパーでアルバイトをしたって
私は、学生である。消費者である。
農と食を愛している消費者。
普通の大学生より、ちょっと農家に惚れている消費者。ただ毎日ひたすらに命をもらっている消費者。
なので、「毎日食べる」を中心に
今、私の周りを取り巻く食事情について。

強烈な原体験によって、私は農家に惚れている。惚れているから知りたくなった。
生きるためには食べる。原点を知りたくなった。地域愛が増す。

生きていて、単純な疑問と知りたい欲求によってアンテナは広がっていったが
前のnote後より、新たな食や農への視点を手に入れた。
それが

・都会に居ながらでも食を愛する人々との出会い
・外食をする

主にこの2つ。

当たり前?と、思ったかもしれないが、私にとっては未知体験なのだ。

#味な副音声  を教えてもらい
結構衝撃を受けた。

同時に、平野さんの表現の虜になり
NHKの連食テレビエッセー きみと食べたい
もすかさず録画して見た。

私は、
食べる=原点を知る=豊か
という、第一次産業への愛が強すぎて、
食体験をあまり重視していなかったかもしれない。というより、食体験を意識していなかった。原体験は食体験であるにも、関わらず
消費者側からの視点を、すっかり閉じ込めていたことに気づいた。
毎日食べることで幸せを得ている。
どんなときだって食は裏切らない。
なのに、灯台下暗し。
消費者としてどう向き合っていくかを忘れてはいけん。

外食もそう。ただ、外でご飯を食べるだけじゃない喜びを最近知った。

先日、カウンターの居酒屋デビューを果たした。
そのとき食べたホッキもほたても、カスベの煮付けにも、びっくりしてしまった。

スーパーの水産コーナーでアルバイトしている私は、毎日のようにそれらを見ている。詰めている。
そんな貝たちが、立派なお皿にもられて、きらきらしている。アートになっていた。
料理人の手によって、いつも詰めているものの良さが最大限に活かされていて、プロってこういうことを言うんだ、と大納得した。
空間で食。

スーパーのスーパーヒーローはパートのおばちゃんだと思っているというnoteも書いている。

おばちゃんたちは、今日も恵方巻きをつくりながら、何を考えていたんだろうか。
私は、シェフよる、きらきらに変わった
“料理”として、胃袋に収まるまでを想像したり
この米はどんな人が作ったのか、ノルウェーからどうやってサーモンが私の手元にきたのか、
あげたらキリがないけど、
想像しまくっていた。

ちょっとの想像で、恵方巻き一本にも
物語があるように思える。実際にある。

私が前に知ろうとしていた
周りの色鮮やかな世界は
毎日の食に、当たり前にあった。

平野さんのインスタから、ときめきワードが入りまくったプロフィールを発見。

昨日知ったばかりな方なのに、これまたびっくり。農にこんな切り口で関わっているのか!という驚き。

改めて、
自分は「仕事」としてどの部分で食、農に関わっていくのかは未知である。
けど、こんな風に
少しずつ進化していける気もする。

外食で、背景を想像することだって愛おしいし
農家に会いにいくのだって愛おしい。
毎日、ご飯を食べる。
それが、最大の愛おしさかもしれない。

家族のためにも、恵方巻きをつくった。
しっかり豆まきもした。
頬張る家族の顔を見て、
今日作った100本以上の恵方巻きも
どこかの誰かが、頬張ってくれていると良いなと思う。
私も美味しくいただきました。

 #大学生 #食 #節分 #アルバイト

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