吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑪
リリムの私が、こんなことを言うと……。
針太朗には、彼女が、たしかに、そう言ったように聞こえた。
(会長さんは、ボクが、リリムの女子たちを警戒していることを知っているのか――――――?)
その唐突な質問に、困惑と警戒心から、つい身体がこわばって身構える針太朗に対して、奈緒は、穏やかな笑みを浮かべて、彼の訝しむ気持ちをなごませようとする。
「すまない、針本くん。そう身構えないでくれ……キミが、入学式の日以来、私たちの行動に対して警戒心を抱いているのは、理解しているつもりだ。それでも、こうして二人きりで話して、誤解を解いておきたくてな」
誤解を解く――――――。
という表現が気になった針太朗は、奈緒の話しを聞いてみようと考えた。
ただ、その前に気になることがある。
「そんな大事なこと、こう言う場所で話しても大丈夫なんですか?」
テーブル越しの彼女に顔を寄せつつ、周囲を見渡しながら、奈緒にたずねるが、店内には自分たち以外、客の姿は見えなかった。
(それでも、店員さんたちに聞こえたら……)
そんな彼の懸念をよそに、上級生は落ち着いた表情で答える。
「あぁ、その点は心配ない。ここは、私の親戚が経営する店だ。ここのマスターのナミさんも、親類だから、我が血族の一人というわけだ」
「そ、そうだったんですか……」
奈緒の言葉を受けて、針太朗が、カウンターの向こうの店主に目を向けると、彼女は、その視線に気付いたのか、彼に向かって、ニコリと微笑んだ。
ナミと呼ばれる女性と目があったので軽く会釈した彼は、椅子に座り直して、あらためて、奈緒から事情を聞こうと、体勢を整える。
「誤解を解くって、どういうことですか?」
再びたずねる針太朗に、奈緒は、やや真剣な面持ちになり、こう切り出した。
「針本くん、キミは、私たちリリムと人間との関係をどんな風に聞いている?」
ストレートな問いかけに、彼は、一瞬たじろいだが、養護教諭から聞かされた話とともに、彼女に見せられたショッキングな映像が、いまも頭から離れないため、素直に返答することにする。
「えっと……ボクが知っている限りでは、リリムは、自分に惚れた相手の魂を吸い取ってしまう……ということなんですけど……」
そのリリムである当人を目の前にしているということもあって、慎重な口ぶりで答える針太朗に対して、奈緒は、
「やはり、そうか……」
と、小さくため息をつく。
彼が、彼女のそんな仕草を不思議そうに見つめていると、奈緒は苦笑しながら、再び口を開いた。
「たしかに、そうして、異性の恋心を奪ってしまうのも、私たちの種族の特徴ではあるのだが……それだけでは、我が種族は、子孫を残せなくなってしまう。片っ端から自分に惚れさせて、相手を骨抜きにしてしまっては、子孫を残すために番う相手が居なくなってしまう」
針太朗は、上級生の話しにうなずきながら、耳を傾け続ける。
「そこで、私たちは、このヒトと決めた相手からは、魂を吸い取ってしまわずに、関係を継続させるんだ」
その奈緒の言葉を耳にしたとき、彼は、再び保健室で安心院幽子から聞いた話しを思い出した。
「リリムの誘惑から逃れるには、三つの方法がある。一つ目は特定の交際相手を見つけて、彼女たちに付け入るスキを与えないこと。二つ目は彼女たちをキミ自身に惚れさせて魂を奪う気を失わせること。そして、三つ目は……妖魔を狩る者に討伐を依頼することだ」
養護教諭の言葉の記憶をたどりながら、針太朗は、奈緒にたずねる。
「リリムも、惚れた相手からは、魂 = 恋心を吸い取らないっていうのは、ホントなんですか?」
「ストレートに質問をぶつけてくるな、キミは……まぁ、平たく言えば、そう言うことだ。より、正確に言えば、自身の魅力で相手を虜にしながら、その相手の想いをほんの少しづついただいて、関係を継続する……というのが実情だな」
なるほど……。
保健室で聞いた話しよりも、自分自身で、「リリムであること」をカミングアウトした東山奈緒の話しは、具体性を感じさせるモノであると、針太朗には思われた。
ただ、それでも――――――。
「あの……会長さん、ちょっと、ボクに真相をぶっちゃけ過ぎじゃないですか?」
彼は、いまの話しを聞いていて、気になることを本人に直接たずねてみる。
すると、生徒会長を務める上級生は、真っ直ぐに針太朗の目を見据えながら答えた。
「それは、キミには隠しごとをしたくなかったからだ。私は、キミに対しての想いを率直に伝えたうえで、自分を選んでもらいたいと考えているからな」
その、あまりに正々堂々とした受け答えには、その身を狙われている針太朗ですら、感銘を受けるほどだ。
(これだけ、堂々と答えられるってことは、きっと、会長さんが自分の言葉や行動に自信を持っているからなんだろうな……)
針本針太朗は、目の前の東山奈緒という上級生に、畏敬の念を抱く。
ただ、同時に、そうであるからこそ、彼の中から最も大きな疑問が湧いてくるのだった。
そして、針太朗は、自分の中の最大の疑問を相手にぶつけてみようと思った。
「あの……いまの話しを聞いても、会長さんは、自信に満ち溢れていて、スゴい人だなって思うんですけど……そんな会長さんが、どうして、ボクみたいに、特に取り柄のない男子を相手にするんですか?」
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