初恋リベンジャーズ・第四部・第4章〜愛は目で見るものではなく、心で見るもの〜⑧
緑川の返答した内容に困惑したのは、声をかけた山吹あかりも同じだったようで、
「そ、そっか……急に誘っても迷惑だったよね、ゴメンね」
と、笑顔は絶やさなかったものの、彼女は明らかに落胆した声色で応じた。
その後、食後のリクリエーションなどの時間の山吹は、政宗たちとのトラブルなど無かったように、明るく振る舞ってはいたが、オレには、その表情が心の底から楽しんでいるようには感じられなかった。
そして、それは、誘いを断った方の緑川武志も同様で、政宗たちの脅威が去ったことを安心する一方、まだ、どこか胸のつかえが降りていないかのようだ。
とは言え、一時的なトラブルをメンバーのチカラで撃退したことで、渡辺先輩や林先輩たち男女バスケ部の主要メンバーは、満足したようすで残りの時間を取り仕切り、新人歓迎会を兼ねたバーベキュー大会は盛況のまま、無事にお開きとなった。
バスケ部のメンバーと別れ、政宗たちの乱暴狼藉&暴走ぶりをカメラに収めた壮馬に、
「先にスタジオに行って、編集を始めておいてくれないか?」
と、下宿先のマンションの隣りにある編集スタジオでの作業を依頼したあと、オレは、クラスメートに声をかける。
「メインの料理を食べ損なったから、遅い時間だけどランチに付き合ってくれよ」
相手の方でも、話しておきたいことがあったのか、緑川は、オレの誘いを断らなかった。
市内を南北に貫く札場筋沿いのハンバーガー・チェーンに腰を落ち着けると、緑川にたずねる。
「男のオレの誘いは断らないのに……なんで、山吹の誘いを断ったんだ? 彼女と二人で出掛けていれば、今回のオレたちのミッションはコンプリートだったのに……」
多少、冗談めかしながら話しかけると、相手は申し訳なさそうに語りだした。
「その点については、僕に協力してくれた黒田にも、白草にも済まないと思っている。だけど、いまの自分が、山吹あかりと二人で出掛けるのに相応しい存在だとは、どうしても思えないんだ?」
「どういうことだ? ファッションとかデートの心構え的なことで言えば、また、シロ……白草四葉に講義してもらえば良いじゃないか?」
「そう言うことじゃないんだよ!」
自分の中のモヤモヤした感情をぶつけるように、緑川は、声を上げる。
「あっ……済まない。黒田に声を張り上げても仕方ないのに……これは、僕自身の問題なんだ」
ふたたび、
(どういうことだ……?)
と、怪訝な表情になったオレを心情を察したのか、クラスメートは続けて語り続ける。
「最初のキッカケは、バスケ部への訪問で体育館に行ったときのことだ。白草に教えてもらった、キューブのルーティーンを山吹に仕掛けたんだけど……そのときの山吹の回答に、ちょっと、放っておけない部分があって……」
緑川の言う『キューブのルーティーン』とは、相手の深層心理を知るために行う5つの質問のことだ。
シロの説明を聞き流していたオレとは異なり、詳細を把握している緑川によれば、おおむね、こんな内容らしい。
1:見渡すかぎりの砂漠を思い浮かべてください。そこに「立方体(キューブ)があると思い浮かべてください。どんなキューブですか? キューブの大きさは? どんな素材でできている? 色は? 中は見える?
2: 次に、「はしご」を思い浮かべてください。どんなはしごですか? 大きさは? 素材は? そしてはしごとキューブはどんな関係性にある?
3:あたりを見渡すと「花」があります。それはどんな花? どこに咲いている? いくつ咲いている? 花について細かく教えてください。
4:また、あたりを見渡すと「馬」がいました。どんな馬ですか? どんな風に見えますか? 馬について細かく教えてください。
5:その場所で「嵐」が発生しました。どんな嵐ですか? どれくらい近くで起こっていますか? 嵐について細かく教えてください。
これらの質問の回答には、こんな解釈が用意されている。
1:キューブ = 自分自身・自我
ものすごく大きなキューブを思い描いた人は「自我が肥大している」と考えられるし、小さなキューブは「自分を過小評価している」かも知れない。キューブの材質などは自分の性質をどう捉えているかに関わっています。例えば、透明でガラス製ですぐにも壊れそうなキューブをイメージした人間には「考えていることがすぐに周りに出る。そしてあなたはとても傷つきやすいタイプですね」となるわけだ。
2:はしご = 友達
はしごの長さや材質は、持っている友達の数や友情を象徴しています。それがボロボロで壊れそうなものなら、あまり友達がいないのかもしれません。またものすごーく長いけれど、細くてゆらゆら頼りないようなのは「浅く広い人間関係」の現れかもしれない。はしごとキューブの関係は、自分自身と友達の関係です。はしごがキューブに持たれているようなら、「友達から頼られている」と自覚していると言える。
3:花 = 子供
花の数は欲しい子供の数だそうだ。
4:馬 = 恋人
馬は、求める理想の恋人像だそうだ。
5:嵐 = 課題・恐れ
嵐は、自分のなかの恐れや課題だそうだ。嵐が遠くに見えるけれども、まだそれが自分に影響がないくらいの場合は、なんとなく遠くにあるものを恐れており、それが近くにある場合は、恐れているものが目前に迫ってきていることを表している。また、それが近づいて来ているのか、離れていっているのか。 嵐の程度はどの程度激しいのか、によっても、恐れの程度がわかる。
「その心理テストが、緑川と山吹の関係に、なにか影響してるのか?」
バーガー・ショップの席に向かい合って座るクラスメートにたずねると、数週間前にひきこもり状態を脱したばかりの男子生徒は、深くうなずいた。