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吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第3章〜ピンチ・DE・デート〜①

 火曜日の朝、針太朗しんたろうがいつものように学院に登校し、教室に入ると、彼に声をかけてくるクラスメートの姿があった。

「おはよう、ハリモト! 週末の約束は覚えてる?」

 朗らかな表情で、あいさつがてらに針太朗しんたろうに話しかけてきたのは、この週末に約束を交わしている北川希衣子きたがわけいこだ。

「お、おはよう、北川さん。もちろん、約束は覚えているよ」

 急に声をかけられたこと以上に、クラスの中心的人物である彼女が、人目……教室中の視線をはばからず、自分に声をかけてきたことに緊張しながら返答する針太朗しんたろうだが――――――。

 続く希衣子けいこの一言は、授業が始まる前の教室に、彼が懸念した以上の波紋を広げる結果になった。

「あ〜良かった! 実はさ……親戚からウニバのペア・チケットをもらえたんだよね! ハリモト、週末はウニバで、デートしよ!」

 そう言いながら、希衣子けいこは二枚のチケットを取り出す。
 彼女が発した「ウニバで、デートしよ!」の一言で、クラス中の視線が、針太朗しんたろう希衣子けいこに集まった。
 と略されているのは、ウニバーサル・スタジオ・ジャパン。いまや、国内トップの集客力を誇るようになった世界最大級のアミューズメント施設だ。

「え〜、希衣子けいこマジなの?」

「いいな〜、針本はりもとくん! ワタシが代わりに行きたいくらいだよ〜」

 クラスの中でも、とくに希衣子けいこと親しい和泉里香いずみりか沢居美優さわいみゆうが、真っ先に会話に入ってくる。

「どうよ、里香りかうらやましいっしょ? ゴメンね、美優みゆう。また、今度いっしょに行こう!」

 希衣子けいこが、女子どうしで会話を続ける中、針太朗しんたろうは、周囲でヒソヒソと、ささやかれる会話や、チクチクと刺すように集まる視線が気に掛かっていた。

 なかでも、

「ほほ〜」
「これは、これは……」

と、ニヤニヤしながら自分を見つめる辰巳良介たつみりょうすけ乾貴志いぬいたかしの表情と目線は、気になって仕方がない。
 
「高等部に進学してから、一週間でクラスの陽キャラ女子と、ウニバ・デートとか、展開が早すぎん?」

良介りょうすけ……針本はりもとは、もう僕たちとは違うステージに立っているんだよ」

 親しく話すようになったばかりの友人たちと針太朗しんたろうとの間で育まれたと思われた友情は、一週間たらずで、早くも破綻しようとしている。

 ただ――――――。

 そんな中でも、クラスメートの中心人物は、場を和ませる術を心得ているようだ。
 
「タツミもイヌイも大げさだな〜。ウニバに行くくらいで、立場が変わるわけないじゃん? なんなら、二人も美優みゆう里香りかと一緒にウニバに行かない? ね、いいよね? 美優みゆう里香りか?」

 希衣子けいこが、友人たちに問いかけると、二人は即座に回答を出す!

「もちろん、オッケーだよ! やった〜!! ケイコたちとウニバだ〜!」

 沢居美優さわいみゆうが声を上げると、
  
「ウチも大丈夫だよ! 時期は、いつにする? ゴールデン・ウィークのあとくらい?」

と、和泉里香いずみりかは賛成するだけでなく、日程調整まで始めてしまう。

 そんな女子たちの反応に、良介りょうすけ貴志たかしは、感嘆の声をあげる。

「オ、オレたちが、北川ちゃんたちとウニバに……」

「これも、キミのおかげだ! 針本はりもと……いや、針本はりもとくん、僕たちの友情は永遠だよ!」

 破綻しかけた男同士の友情は、あっという間に関係が修復されたようだ。
 そんな男子生徒たちの反応に、朝からの喧騒の中心人物とも言える針太朗しんたろうの心境は、文字どおり台風の目のように、

(二人とも、なんて白々しい……)

と、冷静でいだものになっていた。

 しかし、この騒動の発端と言っても良い北川希衣子きたがわけいこが巻き起こす嵐は、影響の範囲をさらに拡大させていく。

「あのさ、北川さん……それって、私たちも一緒に行って良い?」

 やや遠慮がちに、希衣子けいこに問いかけたのは、安座真あざま古松こまつの二人の女子だった。
 中等部から内部進学している友人たちと違い、高等部に進学したばかりの針太朗しんたろうが、かろうじて名前を覚えている、クラスの中心円から少しだけ外側に居る(やや失礼な言い方をすれば)一軍半〜二軍的な立ち位置の生徒だ。

 そんな彼女たちの申し出を希衣子けいこは、

「当たり前じゃん?」

と笑顔で快諾したあと、大胆な提案をする。
 
「じゃあ、どうせなら、クラスのみんなで、ウニバに行かない?」
 
 彼女のその一言は、今度こそ教室中を巻き込む騒乱を発生させた。

「「えっ! クラス全員でウニバに行っても良いのか!!」」

 クラスの二軍男子たちの声が上がる。

「あぁ……しっかり遊べ!」
「おかわりもいいぞ!」

 ノリの良い陽キャラの里香りか美優みゆうが、彼らの声に即答する。
 すると、宇治田うじたという小柄で小太り体型の男子が、感激したように身体を震わせながら、希衣子けいこに近づく。

「遠慮するな。今まで我慢していたぶん遊べ」

 北川希衣子きたがわけいこが、その男子生徒に笑顔で声をかけると、クラス中から「ワッ!」と歓声が上がった。

(これ、このあと、教室中に毒ガスが散布されるフラグじゃないよね……?)

(だいたい、この場合の『おかわり』ってなんだよ? って言うか、北川さんたちは、なんで、二十年近く昔のマンガのネタを知ってるんだ!?)

 針太朗しんたろうは、男子たちから集まったかも知れない嫉妬と羨望の眼差しから救ってくれた希衣子けいこの機転に感謝しながらも、陽キャラのコミュニケーション能力の高さとノリの良さに少しだけ引いている自分に気づいた。

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