初恋リベンジャーズ・第四部・第1章〜愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ〜⑧
緑川家への二度目の訪問を終え、シロと作戦会議を行ったあと、オレは野球部に所属する同級生に連絡を取った。二年生にして、チームの四番を任されている佐藤照明は、オレの頼みを快く引き受けてくれた。
オレのプランが計画どおり進むなら、引きこもってしまったクラスメートを自室から連れ出す「天岩戸プロジェクト」は、そろそろ、大きな転機を迎えるハズだ。
翌日、オレは担任教師への経過報告と、この日の活動予定を伝え終えると、シロと佐藤とともに、緑川家に向かうことにした。ユリちゃん先生には、
「早ければ、今日中に進展があると思います」
と、伝えておいた。
「たまには息抜きで、放課後に学外に出るのも良いが……ホントに、オレは、必要なのか?」
テルこと野球部の佐藤は、オレが指定した道具を前カゴに入れている自転車を漕ぎながら疑問を呈する。
「説得力を増すということと、オレたちの本気度を示すという意味で、おまえが適役なんだよ、テル。あとで、宮っ子ラーメン奢るから、しっかり、スラッガーとしての役割をはたしてくれよ」
そう答えると、県内有数と言われる強打者は、笑顔で返答する。
「チャーシュー麺、大盛りな!」
オレは、この経費をどこに請求しようかと考えつつ、「了解!」と応答した。
ちなみに、宮っ子ラーメンとは、市内を中心に店舗展開をしているラーメンチェーンのことだ。国産豚と小豆島醤油の旨味が凝縮したスープに特注の中細ストレート麺、やわらかいチャーシューと店内切りの青ねぎがたっぷりのっているオーソドックスなスタイルの中華そばは、「毎日食べても飽きない」「がっつりだけどあっさり」「中毒性がある」と地域住民に人気を博している。
もちろん、そのチャーシュー麺が、今回の同行者である野球部メンバーの大好物であることは、把握済みだ。
そして、オレと同じくオープン・スクールでのシロへの告白が失敗した佐藤テルだが、そのシロ本人と行動をともにすることを、特に苦痛に感じている訳ではないようだ。
「ありがとう、佐藤くん! クロの無茶振りに付き合ってもらって、ゴメンね」
柔らかな笑みで、語りかけるシロに対して、佐藤は、
「いや、白草といっしょに居られるなら……」
と、顔を紅潮させている。
(シロは、オレにあんな表情を見せないのに……やっぱり、ラーメンを奢るのは、やめておくか?)
という考えが、一瞬、頭をよぎるが、目的の遂行のため、雑念を振り払うことにした。
そんな中、三人でクラスメートの家に向かう途中、身長の高い三人組とすれ違う。
他校の制服を着崩して、茶色に染まった髪は、地域の中では進学校と言える、ウチの高校の生徒とは異なった雰囲気を発している。
オレたちの脇を通り過ぎた三人は、真ん中を歩くシロに目を止め、あからさまな態度で口笛を鳴らし、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
その態度に、彼らと比べても一回り身長の高いテルが、ギロリと視線を向けると、彼らは、露骨に肩をすくめる仕草をとったあと、コチラを一瞥して去っていった。
こんな風に少し気分が悪くなる出来事はあったものの、三度目となる緑川家の訪問は、来訪者がこれまでのこともあり、スムーズに進んだ。
オレは、緑川の母親に、早ければ、今日中に一人息子を部屋の外に出すことが出来るだろう、という公算とともに、彼女に協力を要請する。
オレの申し出に対して、緑川母は、一瞬、渋い顔をしたものの、
「なにかあれば、責任は学校が取ってくれます」
という一言が効いたのか、最後は、了承してくれた。
緑川家の承諾を得られたことで、オレはテルとともに、二階に向かい、シロにはリビングで待機してもらうことにした。一昨日や昨日までと違い、緑川武志の部屋の前から、即座に退却するつもりはない。
交渉や話し合いが長引くことを考えて、大人のお相手が得意な幼なじみに、緑川の母親の話し相手になってもらう。緑川母には、前日に「早ければ、すぐに進展があると思います」と伝えているで、期待ともにあらわれる緊張をほぐしてもらう、という大切な役割がある。
所定の位置にテルを誘導してもらう手伝いをしてもらった緑川の母親にお礼の言葉を述べ、彼女がリビングに降りて行ったことを確認してから、オレは、通算で三度目となるノックを行う。
「緑川! 今日も来させてもらった! ちょっと、話しをさせてもらえないか?」
「いい加減しつこいぞ、黒田! 僕には、話すことなんて、ナニもない!」
「まあ、そう言うなよ、緑川。こうして、三日も家に来ているんだ。ちょっとくらい、話しを聞いてくれても良いじゃねぇか?」
「なんで、僕に構うんだよ! 推薦入試のための点数稼ぎか!? それとも、未練たらしくフラレた女子に良いカッコをしたいのか? そっか、そうなんだろう?」
本人としては、図星を突いたつもりなのだろう。もりろん、ドア越しなので表情は読み取れないが、反論の煽り文句からは、「してやった!」という感情が読み取れる。その言動に、少しもイラつかなかったというとウソになるが、それでも、オレは、自分の狙いどおりに、コトが運んでいることを実感し、内心でニヤリとほくそ笑む。
そうして、オレは仕掛けたネタを回収するべく、籠城する部屋の主に声をかける。
「QRコードの動画を見てくれたみたいだな。そこで、緑川、おまえの頼みがあるんだ。オレの身の上話しを聞いてくれないか? 色々と気を使う相手が多くて、なかなか話し相手に恵まれなくてな……」
「な、なんで、僕が黒田の話しを聞かなくちゃイケないんだよ!? そんな義理は無いぞ!」
「まあ、そうかも知れないが、オレも担任のユリちゃん先生や、おまえの母ちゃんに問題解決の約束をしているからな……これ以上、話し合いが長引くなら強硬手段を取ることも考えなくちゃならないんだ」
そう言ったオレは、スマホでメッセージアプリのLANEを起動させて、テルに「そろそろ頼む!」というメッセージを送った。
その直後、オレのいる廊下にも響くくらいのインパクトで、
ブンッ――――――!
という強烈な音が耳に飛び込んできた。