吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第4章〜悪魔が来たりて口笛を吹く〜⑫
お互いに相手に対して想っていること、感じていることを吐き出し終えたところで、そろそろ、本題に入ろうか、ということになった。
針太朗は、演劇部から借りていた台本を取り出し、あらためて、仁美に語りかける。
「アイちゃんは、『マイ・フェア・レディ』の下町の花売り娘には、上流階級の仲間入りをするという女子の願望を叶える部分があると思うけど、男子には、そういう感じの上昇志向みたいなモノがあるのかが、気になるって言ってたよね?」
「うん……男女の立場を逆転させるっていうのは、自分でも面白いアイデアだと思ってるんだけど……高校生の男の子が、女子のアドバイスに素直に従って、自分を変身させたいと思うものなのかな? っていう疑問が、自分の中でも消えなくて……」
針太朗の問いかけに、脚本担当の仁美は、自身で行き詰まりを感じている部分を正直に打ち明けた。
自信なさげに返答する彼女に気を配りながら、針太朗は、慎重に言葉を選んで自分が感じたこと、考えていることを伝える。
「アイちゃんのその悩みは、このストーリーの気になる点を鋭く捉えていると思う……アイちゃんの考えているとおり、男性側の視点からすると、モテることや他人との関わりに興味を持たない陰キャラの男子が、女子のアドバイスで、容姿やファッションセンスを磨こうとすることに対して、モチベーションを保てるのか、という疑問が湧いてくる。いや、もちろん、いまの世の中には容姿やファッションセンスを磨くことに興味を持っている、って男子生徒もたくさんいるだろうけど……主人公の潮江珠太郎だっけ? 彼の性格は、そういうタイプであるようには、思えないんだ」
丁寧に言葉を選択しながらも、率直な見解を述べる針太朗に対し、仁美は、
「やっぱり、そうだよね……」
と、気落ちしたようにつぶやいた。
そんな彼女のようすを見て、焦った針太朗は、少しだけ口調を早めて、自身の見解を述べる。
「――――――だから、この内容だと、主人公の綾にプロデュースされる珠太郎が、カリスマ女子の接近を許すに相応しい理由が必要になるんじゃないかって考えたんだ」
「そっか……でも、クラスの中でも浮いてる存在の珠太郎が、クラスの中心人物の綾と関わりを持とうとするには、どうすれば良いのかな?」
「うん……珠太郎は、変わり者の友人と一緒に映画研究部に所属してるんだよね? マイナーな部活に所属している生徒なら、自分たちの活動の協力者を求めると思うんだ! それなら、珠太郎から、主人公の綾に交換条件を付けるということにすれば……」
針太朗が、ヒントを与えるように語ると、それまでうつむきがちだった仁美は、パッと顔を上げて、
「そっか! 珠太郎にも、なんらかのメリットを提示すれば良いんだ! でも、どんなことをすれば良いかな? シンちゃんは、どう思う?」
と、積極的に質問を返してきた。
彼女の問いに、針太朗は、小さくうなずいて、自分のアイデアを語り始める。
「そうだね……例えば、こんなのはどうかな? 珠太郎たち映画研究会のメンバーは、映像コンクールに出品する作品の撮影に苦戦している。そこで、彼の悪友である立花白縫が、こんな風に珠太郎を焚きつけるんだ」
ここまで語った彼は、一呼吸おいて、自身で考えたとっておきのセリフを披露した。
「『この機会に、桂木綾たち一軍女子の実態を暴くドキュメンタリーを撮影して、キラキラなカリスマ女子の真の姿ってヤツを明らかにしてやろうぜ!』ってね」
場面転換のための重要なセリフを言い切った針太朗が、照れくささとともに、少しばかり得意げな表情を見せると、トンッとテーブルを軽く叩いた仁美は、
「良いッ! シンちゃん、そのアイデア、すごく良いと思う!」
と、我が意を得たりと、言った表情で賛同する。そして、彼女は、針太朗のアイデアから得られた、補足すべきストーリー展開を彼に語った。
「それなら、お互いに相手を利用しようとしていた二人が、いつの間にか、相手の魅力に気づき始めて……っていう、ロマンティック・コメディの王道の展開にしやすいよね!」
その仁美の語った改変案に対して、針太朗は、大きくうなずいて肯定する。
「さすが、アイちゃん! ボクが、言いたかったのは、まさにそこなんだ! これで、お互いが相手を想い合う理由を補強する場面を膨らませやすくなると思うんだけど……この改善案は、どう、かな……?」
「うん、良い! すっごく良いと思う! ありがとう、シンちゃん! やっぱり、シンちゃんに脚本の相談にのってもらって良かった!」
これまで針太朗が見た中で、いちばん嬉しそうな表情を見せる仁美のようすに、少し戸惑いながら、
「いや、それは、アイちゃんが書いた台本が良かったからだよ! 何度か、全体を読み直してみたけど、いま指摘したところ以外は、とても面白かったもの。とくに、主人公の綾についてなんだけど……最初は、ボクの苦手な自己主張が強いだけの女の子かな、って思ってたんだけど……物語が進むうちに、なんて言うか……すごく、好感が持てる女の子だな、って感じるようになったんだ」
と、脚本全体の感想を述べる。
すると、彼女は、さらにもう一段上の朗らかな表情を見せて、
「ホントに? シンちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな! そうだ! 今日、家に帰ってから、すぐに台本を書き直すから、また明日、目を通してくれない?」
と、彼に再度の台本チェックの依頼をするのだった。
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