初恋リベンジャーズ・第四部・第1章〜愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ〜⑪
「ぼ、僕の話しなんて聞いてもつまらないぞ!?」
警戒するように、緑川は言葉を返す。
「3学期の終わりから、5月の間に二回も別の女子にフラレたオレの話しよりショボくれた話しなんて、あり得ねぇよ……それに、こうして、『三顧の礼』を尽くした仲だ。少しくらい、緑川のことを話してくれないか?」
自虐的な笑みを浮かべながら肩をすくめたあと、彼の部屋の蔵書である横山光輝の『三国志』の故事にならってうながすと、クラスメートは、覚悟を決めたようにうなずいた。
「わかったよ! だけど……いいか、絶対に僕の話しで笑うなよ!」
つまらない話だと言ったり、笑うなと言ったり、忙しいヤツだな……と感じながらも、真剣な表情で応じる。
「あぁ、絶対に笑わない」
オレの顔色から、誠実さを感じ取ったのか、緑川は、「そ、それじゃあ……」コホンとひとつ咳払いをして、おもむろに語り始めた。
「じ、実は、僕も春休み前に一年で同じクラスだった女子に告白して、フラレたんだ……」
やはり、オレの見立てどおりだった! 訪問初日から、男女関係のことに敏感に反応したり、女子に対する当たりの強さから、おおよその見当はついていたのだが……。
「そ、そうだったのか……」
気づいていなかったふりをしながら、緑川に問いかける。
「聞いても良いか? 相手は誰なんだ?」
部屋の主は、コクリ――――――と、うなずくと、吐き捨てるように、その名前を告げた。
「一年のとき、C組だった山吹あかりだよ!」
山吹あかり――――――。
緑川本人には、申し訳ないが、地味で印象に残りにくい、不登校生のクラスメートと違って、おそらく、オレたちの学年に、その生徒の名前を知らないヤツはいない。
学校の偏差値に比例して、派手めな印象の女子が少ないなか、彼女は、明るい髪色と誰とでも分け隔てなく接するキャラクターで、「これぞギャル!」という雰囲気の生徒だからだ。クラスが違うので、その姿を見るのは学年集会の機会くらいしかなかったが、絶えず周囲に生徒が居て、彼女がいるだけで、その場が華やかになる、そんな印象があった。
「そうか……山吹あかり、か……」
つぶやくように言うと、一瞬、顔をしかめた緑川は、声をあげる。
「なんだよ! 黒田もやっぱり、身の程知らずなバカだとか思ってるんだろ!?」
「いや、そんなこと思ってねぇよ! だいいち、オレは、あの白草四葉に告って玉砕したオトコだぞ! 他人のことをどうこう言える立場にないってことくらい、さっきの話しを聞いてわかっただろう?」
オレが、そう返答すると、部屋の主は納得したように、
「そ、それもそうか……」
と興奮を抑え、落ち着いて言葉を返してくる。
「同じ経験をしてるから、おまえの気持ちはわかるよ。緑川、話してくれて、ありがとな」
そう言って、場をつないだのだが……。
本人に面と向かって口にすることはしないが、正直に言って、紅野とシロに立て続けに告白を断られたという自分の立場をわきまえずに言えば、地味系男子の緑川武志が、あの山吹あかりに告白というのは、相当に無謀なことのように思われた。
なんというか、自分のことを棚にあげて、他人のことを観察すると、
(無茶しやがって……)
と、あきれ返ってしまうことでも、当の本人はまったく気付かないのだから、つくづく、恋愛感情というのは、厄介なものだ。
「いや、黒田の話しを聞いたおかげで、自分も話してみようと思う気持ちになったから……こっちこそ、ありがとう」
そして、殊勝なようすで、感謝の言葉を述べてくる緑川に対して、少し申し訳なさを感じつつ、オレは質問を重ねる。
「ちなみに、山吹に告白するまでに、なにか自分の好意を匂わせるようなことはしていたか? これは、急な告白で相手を驚かせないように、という意味なんだが……」
気になっていたことをたずねると、クラスメートは首を横に振り、返答する。
「いや、自分の気持ちは山吹にも、周囲にも気付かれないように注意深くしていたつもりだ……」
「そ、そうか……」
返事をしつつ、オレは内心で頭を抱えた。それは、つい、ひと月程前の自分自身の姿と重なったからだ。
あの時、告白が失敗した原因すら理解できていなかった自分に対して、シロはこう断言した。
「まず、第一に、黒田クンは、『自分の気持ちを、紅野サン自身にも、周囲にも気付かれないように注意深くしていたつもり』と言っていたけど、それ……完全に逆効果だから……」
『上手に好きバレさせながら相手に意識させる方法!』
告白の成功には、それが重要だと、超恋愛学の講師は言っていた。自分自身の失敗だけでなく、他人の失敗談を聞けば、シロの講義の中身が的を射ていたことが十分に実感できる。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ――――――(『愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む。』)。
これは、鉄血宰相と呼ばれたドイツのオットー・フォン・ビスマルクの言葉だが、超訳された歴史という言葉を原語のまま「他人の経験」という言葉に入れ替えれば、シロの講義内容の説得力は、さらに増すように感じられた。
「オレも、他人のことをどうこう言えるわけじゃないが……それで、山吹は驚いてしまったのかも知れないな……」
告白の失敗について、フォローするようにそう言うと、意外なことに、またも緑川は声を荒げる。
「そんな、繊細なオンナじゃないよ、山吹は! だって、僕がなんとか、気持ちを伝えたのに……あいつは……一言『キモっ……』って言って笑ったんだぞ!」
そう言い切ったクラスメートからは、屈辱と悔しさの感情が見て取れた。