吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第3章〜ピンチ・DE・デート〜③
「まなか ひとみは リリムと人間のハーフだ」
「ひとみの はなしは 信じるな」
成人した人物が書いたとは思えないような拙い筆跡で、メモ用紙には、そんなメッセージが書かれていた。
また、針太朗がメモ用紙より先に目にした二枚の写真には、まるで、ハロウィンなどのイベントでコスチューム・プレイの衣装を着ているかの様に、頭部のツノと背中から生えた真っ黒な翼が特徴の女子生徒が写っている。
さらに、もう一枚の写真には、彼の隣のクラスの生徒である西高裕貴と女子生徒が、二人で微笑みあっている場面が写っていた。
どちらの写真にも写っている女子生徒は、針太朗が、クラスメートや喫茶店で語らい合った生徒会長を差し置いて、もっとも親近感を抱いている相手であった。
「いったい、なん何だよ、コレは!?」
怒りに似た感情を覚えた彼は、もう一度そう言ったあと、つぶやく様に言葉を発する。
「どうして、真中さんが……」
二枚の写真に映り込んでいるのは、封筒を開ける直前まで、彼の頭の中の大半を占めていた真中仁美そのヒトだった!
イタズラにしては悪意が込められ過ぎている、と感じる封筒の外観を再び確認するが、差出人が書かれている様子はない。
そして、この再度の確認でようやく気づいたのだが、宛名が書かれている表の面には、郵便物として必要なものが貼り付けられていない。
「切手がない――――――ということは……」
そこまで口に出して、彼は、この正規の郵便の扱いを受けていない封筒に、底知れぬ不気味さを覚え、背中に冷たいモノが伝うのを感じた。
拙い文字で書かれたメッセージと二枚の写真を添えて、郵便の扱いを受けずに自分の手元に届いたこの代物は、誰かが針本家の郵便受けに、直接投函した、ということになる。
「いったい、誰がこんなことをするんだよ……!」
不気味さとともに、怒りがこみ上げてきたことで、針太朗は、思わず右手の拳で、ドンッと学習机を叩いてしまう。
そうして、小指に鈍い痛みを感じたあと、彼は少しだけ冷静になり、自分の怒りが誰に対して向けられているのかを自分自身で見つめ直すことにした。
差出人不明の封書を投函してきた相手には、もちろん、大きな怒りを感じるが……。
同時に、利害関係などなしに、自分と親しく接してくれていると思わせていた相手、真中仁美に対しても、疑念とともに、怒りに近い感情が湧き上がってくる。
(真中さんが、リリムと人間のハーフって、本当なのか……?)
仮に、メモ書きのとおりならば、なぜ、彼女は大した見返りを求めることなく、自分のそばに寄ってくるのだろうか?
(生徒会長の奈緒さんや、ウチのクラスの北川さんとは何か違う狙いがあるのか?)
これまで耳にしたことがなかった、魔族の血脈とニンゲンの血筋がミックスされている存在が、どのように行動するのか、この方面の知識や見解を養護教諭の安心院幽子からの情報に頼っていた彼自身には、まるで、見当がつかなかった。
ただ、針太朗にとって、それ以上に、気にかかるのは、二枚目の写真の方だった。
こちらの方には、先日、保健室で幽子に見せられた動画と、別の日に友人と言って良い関係になりつつある、乾貴志と辰巳良介に連れられ、隣のクラスでその姿を確認した西高裕貴の姿があった。
そして、その隣には、同じく真中仁美が、西高と微笑み合っている姿が映し出されている。
その笑顔は、針太朗がこれまで見たことのない表情だった。
そして、その事実が、彼の心に大きな黒い影を落とす。
「中学の時は、他の男子の告白を断りまくってたのに、案外、スミに置けないじゃん」
彼自身が演劇部の部室を訪ねたとき、上級生の誰かが、真中仁美をそんな風にからかっていた様な気がしたのだが、そのことで、彼女が特定の男子と親密な間柄にはなっていない、と感じたのだが、それは、自分の思い込みに過ぎなかったということを思い知らされた。
(なんだよ……仲が良い男子が居たんじゃないか……)
自分の知らない表情を他の男子に見せているという事実が、針太朗には耐えられないくらいの心理的負担となって、彼の身体に変化を生じさせた。
両脇からは汗が滲み、喉には嫌な味の唾液が生じ、喉元には目に見えない球状のようなモノがこみ上げてきて息苦しさを覚える。
なにより、つい先ほどまで、演劇部の定期講演会の脚本に対して、
(このアイデアを話したら、真中さんは、どんな表情をするだろう?)
などと、浮かれたことを考えていた間の抜けた自分自身に対しても、怒りが湧いてくる。
そして、これまで相談相手になってくれた養護教諭も出張で不在ということもあり、今の自分のモヤモヤした気持ちを聞いてもらう相手すらいないことに、彼の苛立ちは、さらに大きくなる。
「クソッ! なんなんだよ!」
再び、机を叩き、さっきよりも強い痛みを感じた針太朗は、衝撃で震える机に封筒に入っていたモノとは別のメモ用紙があることに気付いた。
そのメモ書きには、安心院妖子という保健医の姉の名前とともに、スマートフォンの電話番号がするされている。
「万が一、私が不在の時になにか問題が起こったら、この番号に連絡してみろ。私の姉が力になってくれるハズだ」
幽子が、そんなことを言っていたことを思い出したが、自分に様々なアドバイスをくれている養護教諭の家族とは言え、学院の部外者であり、まだ面識のない相手に、学院の生徒のことについて相談することは遠慮しようと針太朗は考えた。
せめて、このとき、最初に怒りを覚えた差出人不明の封書について相談しておけば、彼と親しく話すようになっている相手を危険な目に合わせることはなかったかも知れないのだが――――――。
冷静さを欠く針本針太朗には、そのことに気付く心の余裕はなかった。
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