吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第3章〜ピンチ・DE・デート〜⑮
真剣な眼差しで問う男子高校生の視線を受け流しながら、古美術堂の店主は、うっすらと瞳を閉じながら、鷹揚な口調で問い返す。
「幽子ちゃんは、『リリムちゃんたちをあなた自身に惚れさせて魂を奪う気にさせない』ことを薦めたのよね?」
「はい……ボクは、女子と交際した経験どころか、会話することすら苦手なので、他の方法を教えてください、って言ったんですけど……」
針太朗が、そう答えると、妖子は、薄い笑みを浮かべて、ふたたび、問いかける。
「幽子ちゃんも、相変わらず説明不足ね……論より証拠、そんなに知りたいのなら、あなたの隠された能力をその目で確認してみる?」
その口調は妖しく、なおかつ、危ういものに感じられたが、針太朗にしてみれば、「あなたの隠されたチカラ」などというキーワードが出てきては、首を縦に振る以外の選択肢はない。
「はい、よろしくお願いします」
答えを返したあと、口を真一文字に結んで覚悟を決めた彼に、妖子は、
「フフッ……イイ表情ね……」
と、相変わらず薄い笑みを浮かべながら、手元の机の引き出しから、古い肥後ナイフを取り出す。さらに、
「ここから、目にすることは他言無用よ」
と言って、奥にある部屋へと消えて行った。
春の季節の午後四時過ぎという、まだ陽射しが感じられる時刻であるにもかかわらず、薄暗い店内に、ひとり残された針太朗は、怪しげな品が揃う壁や天井を見渡したあと、目の前の和製ナイフを
(このナイフも、なにか曰くツキのモノだったりするんだろうか……?)
と、不安な面持ちで眺める。
ほどなくして、
「そんなに不安そうに見つめなくても、その肥後守は、なんの変哲もない、ただのナイフよ」
と言って、妖子が戻ってきた。
「他言無用と言ったのは、こっちの方。このコたちのことは、絶対に口外しないようにね」
そう言って、古美術堂の店主は、小さな鳥かごに掛けられた布を取り払う。
鳥かごの中では、セキセイインコくらいの大きさの二羽の小鳥が、仲良さそうにお互いの毛繕いをしていた。
自身の言葉に対して、黙って首を縦に振った針太朗をの様子を確認し、妖子は言葉を続ける。
「ハルピュイア、あるいは、ハーピィという存在を聞いたことはない? このコたちは、その種族の血を引いているの」
「ハーピィって、たしか人面鳥みたいな魔族のことですよね?」
針太朗が返答すると、彼の言葉を肯定するようにうなずいた妖子は、小鳥を連れてきた理由と確認作業の内容を説明した。
「今日は、このコたち、ハーちゃんとピーちゃんに協力してもらうわ。針本くん、その肥後守を使って、あなたの血をこのコたちに飲ませてみて。大丈夫、ほんの少し指先を切るだけだから……」
古美術堂の店主は、そう言って、男子高校生に肥後ナイフを手渡す。
自分自身の身体を自分で傷つけることにためらいが無いわけではなかったが、背に腹は代えられない、と腹をくくって、針太朗は、折りたたみ式のナイフの刃先を伸ばし、左手の人差し指に刃をあてる。
チクリとした痛みとともに赤い血液がシミ出てくるを確認した彼は、指先を妖子に差し出す。
針太朗が差し出した指を見て、妖しげな笑みを浮かべた女性店主は、
「さぁ、ピーちゃん、ハーちゃん、お食事の時間よ」
と言って、二羽の小鳥に針太朗の左手の人差し指をついばませる。
出血の痛みとともに、二羽の小鳥のクチバシが指先に刺さる疼痛に耐えた彼に、
「もう大丈夫よ。頑張ったわね……すぐに、これを傷口に塗りなさい。よく効くから……」
と言って、古美術堂の店主は、軟膏薬を手渡した。
針太朗が、受け取った軟膏を指先に塗り込む間、気がつくと、二羽の小鳥が、それぞれ彼の両肩に移動し、ピィピィと耳元でささやくように、鳴いていた。
さらに、全身を彼の耳元に寄せ、身体を擦り寄せるような仕草を取る。
二羽の仕草に、いぶかしげな表情をする針太朗に対して、妖子は、クツクツと笑いながら、彼をとり巻く状況を説明する。
「これが、あなたの秘められた能力よ、針本針太朗くん。あなたの血液は、魔族のメスたちを虜にする能力があるの。その味は、魔族にとって、この上なく甘美で抗うことが出来ないモノのようね。あなたの周りのリリムちゃんたちは、あなたの血のニオイを無意識に嗅ぎ取っているのよ」
「えっ!? ボクの血が、どうして……?」
「さぁ、そこまでは、私もわからないわね……今のところ、突然変異的に発生する特異体質なんじゃないか、としか言えないわね。ご両親は、特に変わった体質を持っているわけではないんでしょう?」
「えぇ……ボクの知る限りは……」
「それなら、あなたの体質のルーツについて、私が答えられることは無いわ。それより……」
と、含みを持たせる言い方で、妖子は、言葉を続けようとする。
「それより、なんですか?」
「仁美ちゃんたちを狙っているのが、オノケリスなら、あなたの身体に流れる血液を使って有効な手を打つことが出来るわ。私がいまから言うモノを準備することは出来る?」
そう問いかけて、必要なとされるモノを伝える古美術堂の店主に、針太朗は、ゆっくりとうなずいた。
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