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初恋リベンジャーズ・第四部・第4章〜愛は目で見るものではなく、心で見るもの〜⑫

「聞きたい! 当然じゃない! 教えて!!」

 さっきよりも、さらにこちらの解説に食いつくシロに、オレは、おあずけを喰らわさせる。

「う〜ん、どうしようかな〜? このことが必ずしもシロのいまの気持ちをあらわしているのか、わからないしなぁ」

 少し困った感じを装いながらこたえると、

「もったいぶってないで、教えてくれてもイイじゃん! クロのイジワル!」

シロは、そう言って、少しふくれヅラをしながら、横を向く。
 その仕草に、
 
(なんだ? いつも以上にカワイイじゃないか……)

と、動揺しかけたことを隠しながら、笑みを浮かべてオレは答える。

「いや、冗談だよ。ちゃんと、話す」

 そう言ってから、口を真一文字に結んで真剣な表情をつくり、ゆっくりと、だが断言するように問いかけた。

「どの指にも指輪をはめるつもりは無い、ってことは、何者にも縛られたくない……つまり、いままで自分を束縛していたモノから、自由になりたい、と考えている。そうじゃないか?」

 オレが聞き終えると、目の前の女子生徒は、目を丸くして答える。

「スゴい……そのとおり……」

「そうか……これ以外にも他の人間が知らないことを言っておこう」

 そう言って、オレは、なるべく表情を変えないように注意しながら、ふたたび、たずねる。

「白草四葉のファンや周囲の人間は、シロのことをどんな時でも明るく、落ち込むことが無い人間だと思っている……本当は、そうじゃないのに……」

「うん……そのとおりだね……」

「なぜ、オレが、そう思ったか知りたいか?」

「うん! 知りたい」

 これは、『イエスの梯子はしご』と呼ばれるテクニックで、確実に「イエス」という肯定的な答えが返ってくる質問を繰り返すことで、相手の注意をこちらに向けることができる。

「いま、シロの表情を見ていると、瞳が左下の方に動いた。これは、内部的対話と言って、自分の気持ちや感情と向き合おうとしているということだ。シロは、普段みんなに見せている明るい自分以外に、自分の心の奥にある感情と向き合おうとしている、と思ったんだ」

「スゴい……どうして、そこまでわかるの?」

 視線の動きと人間の心理が深く関係しているということは、参考にした本だけでなく、クラブ訪問時の取材の心得として、鳳花先輩からもレクチャーされた。視線の動きは、対象者本人から見て、

 右上:空想
 左上:記憶
 右横:聴覚・創造
 左横:聴覚・記憶
 右下:体感
 左下:思索

となる。一般的に、右側の視線が向いたときは直感的反応、左側に視線を向いたときは思考的反応、と考えて良い。

 ただ、オレは、彼女の「どうして、そこまでわかるの?」という質問には答えず、次の問いかけを行った。

「でも、いまの自分の決断に迷っている部分もある。そうじゃないか?」

 オレが語りかけると、シロは、深くゆっくりとうなずいた。

「だとしても、心配はいらない。白草四葉という人間には、強い信念と自分で築いてきた経験があるはずだ。オレの言うとおりにすれば、相手の考えていることや真実にたどり着くのは難しいことじゃない。シロもやってみないか?」

 今度は、恐る恐るうなずこうとするが、彼女は、ためらっているようだ。

「なんだか、怖い……もしも、失敗したら?」

「大丈夫、難しいことじゃないから。オレがいまから、この紙に数字を一つ書き留める。1から10までの数字のどれかだ。シロにしてほしいのは、なにも考えるなってこと。直感を信じるんだ。ヒトの心を読んだり、真実を掴み取るのに、なにも特別な能力はいらない。ただ、カラダの雑音を鎮めて、そっと心に耳を傾けるだけでイイ」

 オレは、ルーズリーフの用紙を取り出して、シロに背を向けて、数字を一つ書く。

「さあ、言ってみてくれ。最初に感じた数字だ」

 その数字を口にするのをためらっているシロをうながすように言葉を付け加える。

「ここで正しい答えを導くことができれば、シロのいまの決断に、揺るぎない自信が持てるハズだ」

「でも、間違っていたら……? ううん、たぶん間違ってる……」

 これは、ピックアップ・アーティストと呼ばれる海外のナンパ師たちが、LSEガールと呼ぶ状態だ。自尊心が低い(Low‐Self‐Esteem)心理状態に陥っている。自己肯定感の塊のような白草四葉でさえ、こうした状況に陥るという事態を目の当たりにしたことに驚きながらも、オレは、落ち着いた口調で問いかけた。

「いくつだと思う?」

「7……」

 控えめな口調で、彼女は言った。
 折りたたんだルーズリーフの紙片を手渡し、シロに告げる。

「じゃあ、めくってみよう」

 オレの言葉に従った彼女は、数字を目にした瞬間、ハッとした表情になり、「うそ……」と、小さくつぶやく。

 そして、それまで腰掛けていたオレの親友・黄瀬壮馬の席から立ち上がり、

「キャ〜〜〜〜〜!」

と叫んだあと、教室の前方に走って行って、

「やった! 信じられない!!」

と、大きな声を上げる。その姿は、まるで、白草四葉というカリスマに初めて会った少女のようだった。そう、まるで、オレたち広報部の新しい仲間になった一年生の女子生徒のように……。

 そんな彼女のようすを見ながら、オレは、「してやったり……」という満足感に浸る。
 これも、『ザ・ゲーム』に書かれていたトリックだ。1から10までの数字を適当に選ばせた場合、(決断を急がせた場合は特に)対象者は70パーセントの確率で「7」を選ぶというのだ。

 緑川の自宅を訪問するようになった頃から、少しずつシロの気持ちを掴めたような手応えを覚えるようになっていたが、その少しばかりの自信が確信に変わったような気がした。

 そんな充足感を味わっているオレの元に、よほど嬉しいのだろうか、フフフと相変わらず笑みを浮かべたままのシロが戻ってくる。

 そうして、彼女は、

「あ〜、楽しかった!」

と言いながら、満面の笑みを浮かべ、自分のスマホを操作しながら、問いかけてくる。

「ブリトニーを口説く気分は味わえた?」

 そう言ったあと、シロが差し出した画面には、

 ・”ハリウッド発”非モテ男脱出計画!!
 ・MISSION発令 15秒位内にあのオンナのメアドをGETせよ
 ・モテるために必要なのは、金でも、名声でも、ルックスでもない!
 ・退屈な人生を変える究極のナンパバイブル

というドギツい文言が並んでいる。
 
 もう、説明するまでもないだろう――――――。
 それは、オレが2週間ほど前に購入した本の電子書籍版だった。

 そして、白草四葉は、ニヤニヤした表情を隠そうともせず問いかけてくる。
 
「ねぇ、クロ。わたしに隠れて、こっそり、この本を読んでたでしょ?」

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