吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑬
店舗特製のフレンチトーストを奈緒と二人で、あっという間に食べ終えた針太朗は、紙ナプキンで念入りに口元を拭いたあと、自分の舌を満足させてくれたことに感謝を込めて、
「ごちそうさまでした!」
と、両手を合わせて丁寧に食後の言葉を述べた。
その様子を眺めていたカフェのオーナーのナミが、穏やかな表情で「お口に合ったかしら?」と、彼にたずねる。
「はい、スゴく美味しかったです! こんなに美味しいフレンチトーストを食べたのは、初めてです!」
針太朗が、率直に感想を述べると、オーナーは、「いや、それは大袈裟じゃない?」と笑いながら、
「でも、喜んでもらえて嬉しい。奈緒ちゃん、良い彼氏を捕まえたじゃない?」
と、悪戯っぽい表情で、親類の女子生徒に語りかける。
「ナ、ナミさん! そういう冗談を人前で言うのは止めてもらえないか?」
からかうような口調のオーナーに抗議の声を上げる生徒会長の表情は、心なしか少し赤く見える。
さらに、彼女は照れ隠しなのか、
「針本くんも、特製フレンチトーストを堪能してくれた様だし、そろそろ行こうか?」
と、移動をうながす。
何度も訪れているためか、慣れた様子で会計を済ませようとする上級生に対して、針太朗は、
(会長さんに、なにかお礼をしないと……)
と、焦りながら彼女のあとを追い、レジで会計とオーナーとの会話を終えた奈緒に対して、
「あ、あの会長さん! お礼がしたいので、このあと、少し付き合ってもらえませんか?」
と、勇気を振り絞って伝えてみる。
そんな彼の言動に、女性オーナーは、先ほどよりも三割り増しのニヤニヤした表情で奈緒に視線を送り、声を掛けられた当人である東山奈緒は、下級生からの突然の申し出に驚きながらも、
「あ、あぁ……問題ない! 大丈夫だ」
と返答して、ソワソワしだした。
自分たちの様子を興味深そうに観察していたオーナーの「じゃあね〜! ゆっくり楽しんでおいで〜」という声に見送られて、針太朗と奈緒は、駅前ショッピングモールの建物に入っていく。
(たしか、このあたりにあったはずなんだけど……)
小学生の頃の記憶を頼りに、針太朗が訪れてみようと考えたファンシー雑貨店は、すぐに見つかった。
彼の意図に気付いたのか、奈緒が、「この店は……」と、つぶやくと、針太朗は、
「会長さん、今日、射会に誘ってもらったことと、さっき、美味しいコーヒーとフレンチトーストをごちそうしてもらったお礼に、なにかプレゼントさせてください!」
と、あらためて彼女に告げる。
「いや、そこまで気を使わなくとも……今日はキミたちに付き合ってもらったことのお礼として、私の親類の店に招待したのだから……」
そう言って、下級生の申し出をやんわりと断ろうとする奈緒に、針太朗は、
「真中さんは、会長さんを演劇部に招待する機会があるけど、まだクラブに所属していないボクには、そういうチャンスもないので……ここで、なにかお返しをさせてください」
と、食い下がる。
そんな下級生の言葉に、「キミは、見た目と違って、意外に強情だな……」と、少しあきれながらも、
「まあ、そこまで言ってもらえるなら、お言葉に甘えよう」
と、柔和な笑みを浮かべて、申し出を受け入れて、店内を見て回る。
ファンシー・ショップのテナントには、国内外の様々なキャラクターグッズが並んでいる。
(会長さんは、『密かにぬいぐるみを集めている』って乾が言ってたけど……お店の選択がまちがっていませんように……)
針太朗が、祈りながら生徒会長の様子を見ていると、奈緒は、茶色いクマのキャラクターのコーナーで、彼女の足が止まった。
国内でも有数の人気を誇るそのキャラクターを確認した彼は、
「このクマ、癒し系でカワイイですよね?」
と、上級生に声を掛ける。すると、彼女は、
「キミもそう思うか? このキャラクターは、子どもの頃からのお気に入りなんだ」
と、嬉しそうに答えたあと、すぐに、「コホン……」と咳払いをして、かしこまった表情で、
「い、いや……いまは、それほど興味があるという訳ではないのだが……」
そっぽを見ながら、そんな風に付け足す。
その表情の変化を可愛らしい、と感じながら、針太朗は、奈緒に返答する。
「もし良かったら、子どもの頃を思い出すためにということで、この小さいやつをプレゼントさせてくれませんか?」
彼が、10センチほどの大きさのぬいぐるみを指差すと、生徒会長は、ハッとした表情になり、
「それは、私も欲しいと思っていて……」
とつぶやくなり、すぐに、口をつぐむ。そんな彼女の様子をながめながら、針太朗は、にこやかな表情で、
「じゃあ、お会計をしてきますね」
と言って、小さなぬいぐるみを手に取って、レジに向かう。
セール品のため、少しだけ値段が安くなっていたため、1000円の支払いでお釣りが戻ってきたクマのぬいぐるみを奈緒に手渡すと、彼女は、針太朗から受け取ったものを愛おしそうに抱きしめる。
「ありがとう、針本くん。大事にするよ」
「そう言ってもらえると、クマも嬉しいと思いますよ」
上級生の言葉に返答した彼が、少しずつ異性との会話に苦手意識が無くなってきているのに、自分自身で気がつくのは、もう少し後になってからのことだった。