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愛と選挙とビターチョコ・第3章〜動物農場〜⑭

「なんだ、ノゾミ? このヒトのこと知ってるのか?」

 不思議そうにたずねるトシオの問いに「うん!」と首を縦に振った僕は、クラブに支給されているビデオカメラとスマホを取り出して、生徒会選挙の初日や光東園こうとうえん駅で撮影した映像を確認する。

「やっぱり、このヒトだ!」

 放送室の大型モニターに繋いで確認した映像には、青色の服を着た女性が映っている。
 そして、それは、《notes》の記事のトップで、石塚新生徒会長と二人で並んで写真に収まっている人物と同一人物に見える。

(いつも、石塚のそばに居たのは、広告代理店のヒトだったのか……)
 
 そんなことを考えながら、僕はブログの記事の内容を確認する。
 
 ◇  ◇  ◇
 
『県内高校の生徒会選挙における戦略的広報:「#いしづかくん、ごめんなさい」から「#いしづかくんを生徒会長に!」の変遷』

 https://notes.com/humi_fezarn/n/n32f7194e67e0

 先日11月8日、わたしたちフェザーン社が業務提携を行っている高校の石塚雲照くんが、生徒会選挙に当選されました。心よりお祝い申し上げます。前代未聞の歴史的な生徒会選挙が無事に終わったいま、「SNS」という言葉が一人歩きしてしまっているので、今回広報全般を任せていただいていた立場として、まとめを残しておきたいと思います。
 この記事が、今後の選挙で候補者を支える関係者の皆さまに、そして広報に関わる全ての方にとって、役に立つものとなることを心から願っています。「広報」というお仕事の持つ底力、正しい情報を正しく発信し続けることの大変さや重要性について、少しでもご理解が深まるきっかけになれば幸いです。

 ◇  ◇  ◇

 PR会社の女性社長が記述したという、広報の「まとめ」記事は、こんな書き出しで始まっていた。
 明言こそされていないが、僕たち、放送・新聞部が書いた記事のことも、きっちり指摘されている。

 僕を含めた一年と二年の放送・新聞部員は、てっきり、ケイコ先輩がこの冒頭部分に対して反応したとおもっていたんだけど、どうやら、そうではないようだ。

「WEB魚拓、取れましたよ!」

 トシオが、ノートPCを操作し、僕たちが閲覧している状態でWEBページの保存ができたことを伝えると、先輩は、「ありがと!」と手短かにお礼を述べたあと、「この資料を見て!」と告げてきた。

 先輩が指さした資料は、プレゼン作成ソフトで作られたと思われる時系列に沿った情報発信戦略が記載されている。

アイ高校 生徒会選挙に向けた広報戦略のご提案』

 とタイトルが付けられた資料に書かれている内容は、こんな感じだ。

 ◇  ◇  ◇

 ◯フェーズ1 種まき期
 ◆10月1日〜13日
 
 注力ポイント:立ち上げ・運用体制の整備
 
 ターゲット:
 ・元々の石塚くん支持者
 ・石塚くんに好意を持っている人
 ・自分で情報収集ができる人
 ・メディアの偏向報道に疑問を持っている人
 
 情報配信内容:石塚くんを好きになってもらう

 主要成果指標:インプレッション数

 ◯フェーズ2 育成期
 ◆10月14日〜31日
 
 注力ポイント:コンテンツ強化(質)
 
 ターゲット:
 ・受動的に情報収集をしてる人
 ・生徒会選挙に興味がなかった人
 ・情報が錯綜していてなにが真実かわかっていない人
 
 情報配信内容:石塚くんを好きになってもらう + 石塚くんへの見方を変える

 主要成果指標:フォロワー数の増加

 ◯フェーズ3 収穫期
 ◆11月1日〜8日
 
 注力ポイント:コンテンツ強化(量)
 
 ターゲット:
 ・生徒全員
 ・アンチな人
 ・誤解をしている人
 
 情報配信内容:石塚くんの支持を集める

 主要成果指標:エンゲージメント数

 ◇  ◇  ◇

「はぁ〜、SNSの情報発信って、こんな風に作戦を練ってるのか〜」

 トシオが、感心したように言うと、ケイコ先輩もうなずいて、親友に賛同した。

「ネットにおける情報戦略のタネ明かしって感じね」

 ただ、校内で生徒たちのナマの声を取材した僕とミコちゃんは、まとめられた資料の内容に関心を持ちながらも、複雑な表情で、お互いの顔を見合わせる。

 きっかけ、とタイトルが付けられたセンテンスには、こんなことが書かれていた。

『とある日、株式会社フェザーンのオフィスに現れたのは、石塚雲照くん。それが全ての始まりでした。ご本人が何度も口にしている通り、クラブや委員会などの支援ゼロで本当にお一人から始められた今回の生徒会選挙では、新たな広報戦略の策定、中でも、SNSなどのデジタルツールの戦略的な活用が必須でした。こちらの高校での複数のクラブに広報PRの有識者として出席しているため、元々、石塚くんとは面識がありましたが、まさか本当に弊社オフィスにお越しくださるとは思っていなかったので、とても嬉しかったです。』

 そんな文面に目を通していると、自分のスマホで記事を確認していたミコちゃんがつぶやいた。

「これが、プロの広報の人のお仕事なんでしょうね……でも、それぞれのフェーズで、種まき・育成・収穫なんて書かれてますけど、私たち一宮いちのみや高校の生徒は、作物かナニかなんですか? 高校生だと思って、ちょっと、私たちをバカにしてると思いません? この資料を見て、広報戦略を依頼した石塚さんには、やっぱり、好感を持てないです」

 憤慨したように言う下級生の言葉に、僕もうなずいて同意する。
 自分たち、放送・新聞部のチカラが足りていないことは、今回の生徒会選挙を通じて、イヤと言うほど思い知らされた。石塚候補が生徒会選挙に立候補する前の彼に対する報道姿勢についても、偏っていると言われても仕方が無い部分はあるかも知れない。

 それでも―――。

 自分たちの非力さを差し置いても、こうして、一宮高校の生徒を収穫物に見立てるような資料には反発を覚える。
 なぜなら、今回の選挙戦では、自分たちを嘲笑されたり、その存在を否定されたと感じて精神的に追い詰められた生徒や、あまりにも多くの情報が錯綜して、なにが真実なのかわからずに困惑し、その悩みを吐露した生徒たちがいるからだ。

「僕もミコちゃんの言うとおりだと思います。たしかに、この広報の手法は、お見事だと思うんですけど……光石候補のSNS担当をしていた天野さんや、石塚候補に投票したことが正しかったのか悩んでいるクラスメートの塩谷が、このブログに書かれている内容や資料を見たら、どう感じるのか……少しは考えて情報発信をして欲しいと思います」

 僕とミコちゃんの言葉に、「たしかに、あなた達の言うとおりね」と、うなずいたケイコ先輩は、ニヤリと笑って、僕らが予想もしていなかったことを宣言した。

「せっかくだから、この女性社長に直撃取材してみましょう!」

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