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愛と選挙とビターチョコ・第4章〜推しが、燃えるとき〜⑧
11月21日(金)
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選管 条例の見直しを提言
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光石候補 選挙戦立候補へ
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生徒会の出直し選挙が行われることが決まったこの週の半ばにも、二つの大きな出来事があった。
ひとつは、月曜日の会見でmichiが告げたように、選挙管理委員会が、自らの当選を目指さない候補者の立候補を制限する主旨の自治生徒会条例の改正案を提出したことだ。
その提言内容は、新しい生徒会の元で議論されるとのことだけど、選挙管理委員会として、いわゆる『二馬力選挙』に対しては、現行の制度においても厳しい目を向けている、との主張が盛り込まれている、と僕は見ている。
そして、もうひとつの大きなニュースは、先日の生徒会選挙で惜敗した光石琴が、ふたたび立候補を表明したことだ。
木曜日にもたらされた一報に、僕が驚いていると、ケイコ先輩をはじめ、放送・新聞部のメンバーは、
「今度は、知らなかったんだ」
と、意外そうな反応を見せた。
先日の選挙が終わってから、いや正確に言えば、選挙戦の最中に放送・新聞部としての活動を自粛する直前の頃から、光石とはあまり話しができていなかった。
自粛期間中をのぞけば、決して、意図的に彼女のことを避けていた訳ではないんだけど……。
光石が惜しくも落選してしまったことや、選挙後に放送・新聞部の活動が忙しくなったことで、僕は、彼女と落ち着いて話す時間を持てないでいた。
職員室で、通常教室の半分の広さしかない小会議室の貸し出し申請を行ったという彼女は、放送・新聞部に政見放送の依頼を行うとともに、一人で小会議室にあらわれた。
同じく、放送・新聞部から一人で取材に訪れた僕に、光石琴は謝罪する。
「ゴメンね、佐々木くん。忙しいときに来てもらって」
ただ、その表情には、気後れしたり、卑屈になっているようすは、一切なく、以前から僕が感じていた、奥に秘めた芯の強さを感じさせる、いつもの光石琴に戻っているように感じた。
「いや、生徒会選挙の立候補者のお話しをキチンと伝えるのが、僕たち放送・新聞部の仕事だからね。クラブの一員として大歓迎だよ。もちろん、個人としても、だけど……」
小会議室の入口の周りに他の生徒がいないことを確認しつつ、僕が答えると、彼女は、「フフ……それって、どういう意味なの?」と、小さく笑みをこぼしながら、小会議室のドアを鍵で開ける。
室内に入ると、光石は、あらためて、ペコリと丁寧にお辞儀をして語りかけてくる。
「今日は、取材に来てくれてありがとう。いま、自分が話せることはなんでも答えるつもりだから、遠慮せずに質問してね」
笑顔で語りながらも、なにかの決意を秘めたようなその表情に、「わかった」と、うなずいた僕は、彼女に椅子に腰掛けるようにうながしてから、ICレコーダーを起動して、録音を開始する。
―――先日の生徒会選挙では、惜敗という結果になりましたが、石塚生徒会長の出直し選挙に立候補しようとした理由は?
「正直なところ、この出直し選挙に立候補しようかどうかは、ずいぶんと悩みました。先日の選挙戦では、私自身だけでなく、私の周りの人達にとっても肉体的、いえ、それ以上に精神的な負担が大きかったと思うので……」
―――それでも、ふたたび、生徒会長に立候補しようとするだけの想いがあった、と?
「実は、とある生徒さんから、背中を押してもらったんです。その人は、二週間前、選挙結果が出たあと、私が支援をしてくれたみんなの前で言葉を覚えてくれてて……できれば、今度の出直し選挙にも、立候補してほしい、とそう言ってくれました」
―――そうだったんですね。ただ、今回の出直し選挙では、前回のように、吹奏楽部をはじめとした応援は無いようですが?
「はい、さっきも言ったように、先日の選挙では、クラブの部員をはじめ、大勢の生徒のみなさんに迷惑をかけてしまったので……今回は、そうした支援は受けずに、自分一人で選挙戦に挑もうと考えました」
―――なるほど……石塚候補も、直前の選挙では、一人で始める選挙というメッセージを掲げて、選挙戦を戦いました。そうした影響は?
「他の候補の方のことは意識していないです。ただ、自分自身の前回の選挙の反省点として、あまりにも周囲の人たちに頼りすぎていたかな、と思っています。結果として、多くの人たちに迷惑をかけてしまうことになって……今度は、自分一人のチカラで選挙戦を戦い抜いて、前回、協力してくれた人たちにも恩返しをしたいな、と考えています」
―――わかりました。今日のお話しからは、先月の出馬宣言のとき以上に、強い決意が感じられます。最後に、全校生徒へのメッセージをお願いします。
「はい、出直し選挙への立候補ということで、私自身に対して『往生際が悪いな』と、感じている生徒の方もいると思います。ただ、私は一宮高校の生徒、一人一人の声に耳を傾けて、この学校を良くしたいという想いに変わりはありません。ぜひ、あなたの声を一緒に生徒会に届けましょう。自治生徒会会長選挙候補者の光石琴をよろしくお願いします」
ハッキリとした口調で言葉を締めくくった光石に合図を送って、ICレコーダーの録音を停止する。
音声ファイルが正常に録音されていることを確認した僕は、立候補者に伝える。
「はい、OKだよ。お疲れさまでした。ここからは、レコーダーに残さない文字どおりのオフレコ取材だけど、光石の方から、伝えたいことや聞いておきたいことはある?」
すると、少し間をおいたあと、彼女は、
「それは、生徒会選挙に関係ないことでも大丈夫?」
と、遠慮がちに聞いてきた。
「あぁ、もちろんだよ!」
僕が、手短かに答えると、光石琴は、さっきまでのようなハキハキとした口調とは裏腹に、おそるおそるという感じで、たずねてくる。
「ねぇ、佐々木くん。あのことをたずねてから、もう二ヶ月以上経ってしまったけど……『もし、私が生徒会長選挙に当選したら……』っていう約束は、いまも有効かな?」