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初恋リベンジャーズ・第四部・第3章〜最も長く続く愛は、報われない愛である〜⑥

 クラス委員同士として、お礼をいただいただけなので、とくに後ろめたいことなど、なにも無いはずなのだが――――――。

 不意にかけられた声に、思わず身体がビクリと反応し、

「な、なんだ!?」

と、上ずった声をあげて振り向くと、そこには、昨日まで行動をともにしていた男子生徒が立っていた。
 
「な、なんだ……緑川みどりかわか……」

 噂をすれば影がさす、という言葉どおり、話題に登っていた人物の来訪ではあったが、その声の主が、今朝、鬼のような形相でコチラを見ていたクラスメートや、昨日、広報部であたらしい企画を提案してきたばかりの後輩女子でなくて良かった、と心の底から安堵する。

 おどろいた、というか、多少なりとも気まずい想いをしているのは、オレと同じだと思うのだが、紅野こうのアザミは、クラス委員らしく、先ほどまでのはにかんだような表情をすぐに切り替えて、クラスメートに問いかけた。

「緑川くん、相談に乗ってほしいことって、どんなことなの?」

 おだやかな声色で応じるクラス委員にうながされるように、切羽詰まったような表情の緑川は、少し早い口調で返答する。

「じ、じつは、山吹やまぶきあかりとLANEのIDを交換したんだが……彼女から、相談に乗ってほしいってメッセージをもらったんだ」

「山吹さんって、C組の? スゴイね、緑川くん! 彼女と仲が良かったんだ!」

 嫌味の無い称賛の言葉に気を良くしたのか、男子生徒は、やや照れくさそうな表情で、

「あ、あぁ……一年のときは、同じクラスだったから……」
 
と、答えているが、その一年ときのことは、さておき、驚くほどスムーズに山吹あかりと連絡先を交換できたのは、ほとんどが、シロのおかげだろう……と、彼のクラス復帰前後の一部始終を見てきた者として、一言、付け加えたくなる。

 そんなオレの想いをよそに、紅野は、相変わらず優しい口調で、緑川に問いかける。

「そうなんだ。山吹さんの相談って、どんなことなのかな? 緑川くんが聞いてあげるのは難しそうなの?」

 我がパートナーであるクラス委員の疑問も、もっともだ。
 オレも、紅野も、山吹あかりとは、それほど面識があるわけではない。LANEのID交換までの経緯はともかくとして、緑川が個人的に託された相談事を、さして親しい訳ではない、あかの他人の自分たちが、気やすく請け負って良いものではないだろう。

「そ、それは……相談の内容が、対人関係にかかわるモノみたいだから……」

「そういうことなら、なおさら、オレたちのような第三者が関わるのは、遠慮した方が良いんじゃないのか?」

 オレが、緑川に返答すると、紅野もうなずいて同調する。

「そうだね……山吹さんの悩んでいることが人間関係のことだったら、私たちが出て行って良い問題じゃないかも……」

 しかし、クラスメートは、安請け合いできないと応じるオレたちに、食い下がる。

「た、たしかに、そうなんだけど……山吹を悩ませているのは、どうも、学外の男子みたいなんだ……それも、バスケット部が関係してるみたいで、女子の先輩や男子バスケ部にも相談できないみたいで……」

 その一言に、穏やかだった紅野の表情が、かすかに曇る。

「そうなんだ……それだと、ちょっと事情が変わるかも……黒田くんは、どう思う?」

「いや、どう……と聞かれても、いまの情報だけじゃ判断に困る……ただ、他に頼れそうな人間もいない、ってところか?」

 クラス委員のパートナーである女子生徒の言葉に応じつつ、独り言のようにつぶやくと、緑川は、真剣な面持ちで首をタテに振った。その真摯な表情に感じるところあり、オレは軽くため息をつきながら、クラスメートの要望に応えることにした。

「わかったよ。ただし、引き受けるには、2つ条件がある。1つは、オレや他の人間が山吹の相談に乗って良いのか、事前に確認して了承をもらうこと。もう1つは、緑川、何故おまえが、山吹のことをそこまで気に掛けるのか、あとで、じっくり聞かせてくれ」

 オレの返答に、必死の様子だった緑川は、ほがらかな表情になり、

「わかった、約束する! 山吹にも、すぐに連絡してみるよ!」

と答えたあと、「それと……」と、口にして、オレの隣に座るクラス委員に対して、あらためて向き直ってから、言葉を発した。

「紅野さん、この前、家に来てくれたときは、失礼なことを言ってしまって、本当にゴメン。謝罪が遅くなってしまったうえに、今日の頼み事も、謝ることと順番が逆になってしまったけど……」

 そう言って、九十度に近い角度で頭を下げるクラスメートに対して、紅野は、やや恐縮しながらも、微笑みを浮かべて返答する。

「いいよ、あの日は、私たちが急におうちにお邪魔して、緑川くんも、驚いただろうし……緑川くんが、反省しているなら、もう他の人にも酷いことを言わないって、約束して」

 そう語りかけたクラス委員の言葉に感激したように、緑川は、「わかった、約束する」と、何度も首をタテに振って、感謝をあらわしているようだった。
 わざわざ、不登校生の家に出向いたにもかかわらず、暴言を吐いた相手に対して、この寛容さ。

(心が広すぎだろ……ホント、マジ天使だわ……)
 
 あらためて、紅野アザミという女子生徒の慈悲深さに感心しつつ、

(そう言えば、あのとき、オレは、「このヤ◯チン野郎!」って言われたんだっけ……)

と、不適切にも程がある(←このフレーズ、どこで流行ってたんだ?)風評被害のことを思い出していた。

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