吸潔少女~ディアボリック・ガールズ~第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑭
週が明けた月曜日の放課後――――――。
針太朗は、週末の報告と今後の対応策の相談のために、またまた保健室を訪れていた。
「なるほど……私の助言がどれだけ効果を発揮したかは別にして、ともかく、無事に帰ってこられたようで、何よりだ」
養護教諭の安心院幽子は、男子生徒からの報告を聞き終え、返答したあと、何かを考えるような仕草で、つぶやくように漏らす。
「しかし、気になることがあるな……射会の会場にあらわれたという外国人女性は、東山や仁美に目を向けていた、というのは確実なのか?」
懸念するような口ぶりの幽子に対して、針太朗は、申し訳なさそうに返答した。
「すいません……真中さんや東山会長は、そんな風に言っているですけど、その女の人は、サングラスをしていたので、彼女が、どんな視線を送って、誰を見ていたのか、ボクにはわかりません」
「そうか……まあ、仮に、リリムたちをつけ狙う存在が近くにいたとしても、簡単に尻尾を掴ませるような相手ではないだろう。キミが責任を感じる必要はない」
養護教諭のその言葉に、針太朗は、少しだけホッとする。
ただ、やはり、前日に色々なことを語り合った二人の女子生徒の身たちが、危険にさらされているということは、彼としても気にせずにはいられない出来事ではある。
「あの……もし、ハンターの人たちがあらわれたら、どう対処すれば良いんでしょうか? リリムの人たちにも、なるべく穏便に暮らしててほしいと思っているんですけど……」
「おっ、どうした? リリムたちへの対抗策として、 妖魔を狩る者に依頼をしようとしていた生徒とは思えない発言だな」
自分の言葉を受けて、少しばかり茶化すように返答してくる幽子に対して、針太朗は反論する。
「いえ……昨日、話していて東山会長は、とっても良い人だわかったので……そういう人に危険な目に遭ってほしくないと思っただけです」
「そうか、そうか……そうして、相手のことが理解できただけでも、彼女の誘いを受けた甲斐があったな。どうだ、針本? 私が提案した二つ目の案を実行してみるか?」
彼女の言う二つ目の案というのは、『リリムたちを自分に惚れさせて魂を奪う気を失わせること』だ。
どこまで本気なのかはわからないが、さっきとは異なり、真顔でたずねてくる養護教諭の言葉を男子生徒は、
「いやいやいや! だから、それだけは無理ですし、無茶ですって!」
と、すぐに否定して、その可能性を打ち消そうとする。
「そうか? 私としては悪くないアイデアだと思うのだがな……実際、生徒会長の東山とは、かなり心理的な距離が縮まったんじゃないのか?」
幽子の一言に、針太朗は、ショッピングモールの雑貨屋で、ぬいぐるみを購入したあとの別れ際の奈緒との会話を思い出す。
「会長さん、今日は色々と貴重な経験が楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう針本くん。かねてからの自分の夢が叶ったうえに、まさか、こんなに嬉しいプレゼントまでもらえるなんて、思わなかった。ただな……」
「?」
「せっかく、こうして話せる仲になったんだ。私の要望のついでと言ってはなんだが、その『会長さん』という他人行儀な呼び方を変えてはくれないだろうか?」
「え〜っと、それでは、なんと呼べばよいですか? 東山先輩の方が良いですか?」
「いや、こうして、二人で語り合うときは、ファースト・ネームで呼んでくれて構わない」
「そう……ですか。会長さんが、そう言うなら……奈緒さん、と呼ばせてもらいます」
針太朗が、彼女の名前を口にすると、生徒会長は嬉しそうにうなずいたあと、やや遠慮がちに、
「キミのことも、針太朗くんと呼ばせてもらって構わないか?」
と、たずねてきた。
「ボクの方は、なんと呼んでもらっても、一向に構わないですよ」
彼が、そう返答すると、上級生の女子生徒は、より一層、嬉しそうな表情で語る。
「それでは、キミのことをファースト・ネームで呼ばせてもらうことにしよう。これから、よろしくな、針太朗くん」
彼は、異性の表情の変化や機微について、敏感な方ではないのだが、この時の東山奈緒の表情は、特に印象に残っている。
そんな記憶を頭の片隅で思い出していると、幽子が、大事な要件を思い出したかのように、
「そうだ! 今日は、針本に伝えなければならないことがあったんだ」
と、声を上げたのにつられて、彼の意識は、保健医との会話に戻った。
「なんですか? ボクに、伝えたいことって……」
針太朗がたずねると、養護教諭は即答する。
「一つは、出張のこと。今週末から、研修会に参加するため、私は首都圏の方に出張らないといけない。金曜の午後から週明けまで不在にするから、キミの相談を受けることができないから、そのつもりで居てくれ。ただ、万が一、私が不在の時になにか問題が起こったら、この番号に連絡してみろ。私の姉が力になってくれるハズだ」
そう言って、幽子は、針太朗にメモを手渡す。
そこには、スマートフォンの電話番号が書かれていた。
「わかりました。これが、一つ目ということは、他にもあるんですか?」
メモを確認した彼の問いかけに、「あぁ」とうなずいた養護教諭は、二つ目の伝達事項を伝える。
「もう一つは、仁美からの伝言だ。いま、彼女たちは新入生を迎えたあとの定期公演の台本作りをしているそうなんだが……生徒目線で第三者の意見を聞きたいらしくてな。時間があれば、このあと、演劇部の部室に顔を出して、彼女たちが書いている脚本に目を通してやってくれないか?」