
負けヒロインに花束を!第2章〜ふられたての女ほど おとしやすいものはないんだってね〜⑫
市内の南部にある浜崎えびす神社では、毎年7月の上旬に、夏越の祭という夏祭りが開催される。
この祭事は、一年の区切りとして、半年間の日常生活中、知らず知らずの間に身についた罪や穢を『芽の輪くぐり』や『人形納め』などの神事を通じてお祓いし、残りの半年間の安全、招福を祈願するものだ。神社の境内前には夜店が並び、浴衣姿の参拝者も多く見られることから、夏の始まりを告げる風物詩になっている。
また、市内の中高生にとっても、この夏祭りが催される時期は、一学期の期末テストが終わる時期と重なることから、夏休み前のプレ・イベントとして人気になっている。
オレが、リア充御用達のような、このイベントに注目したのは、『白草四葉のクローバー・フィールド』のお悩み相談で、四葉ちゃんが、《彼女持ちの男性を好きにさせる方法その3》として、
「ときおり女性らしい面を見せて、異性であることを意識してもらえる存在でありつづけてみて! たとえば、いつもと違うコーデやフワッと香る香水が効果的なんじゃないかな? 特に、幼なじみ的な立ち位置だったら、これまでとは違う女の子らしい面を見せて、『あっ、このコ、こんなに可愛かったんだ……』と感じてもらえるようにしよう!」
ということを推奨していたからだ。
実際に異性との交際経験が無いオレにとって、どうすれば、自然に「いつもと違うコーデやフワッと香る香水が効果的」と言えるシチュエーションを作ることが出来るのか、まるで、わからない。
しかし――――――。
マンガやアニメ、ラノベやゲームで描かれる夏の夜のイベントと言えば、花火大会か夏祭りと相場が決まっている。そして、このイベントに付き物の衣装と言えば、女子の浴衣姿である。
ザ・夏祭り!
このシチュエーションであれば、「いつもと違うコーデやフワッと香る香水が効果的」をナチュラルに演出することができるだろう。これが、二次元作品から多くのことを学んできたオレの考案した策である。
ただ、この計画には、一緒に祭りに出掛けてくれる協力者が必要だ。
上坂部葉月を応援するということで、クラスメートの大島睦月や浜小春に協力を願い出ても良かったのだが……。
久々知大成も参加するということであれば、彼と上坂部の二人と気心が知れていそうな生徒会メンバーの小田先輩と長洲先輩、そして、一年の浦風さんと一緒に参加するのも悪くないんじゃないか、と考えている。
週末の観劇後のカフェでの彼らの会話を聞いていると、小田先輩と久々知、長洲先輩と上坂部、浦風さんは、それぞれクラブ活動の先輩と後輩の関係だったらしい。
その関係性であれば、大島や浜が参加者であるよりも、久々知が参加に前向きになってくれるのではないかという計算もある。
そう考えたオレは、月曜日の放課後、早速、小田先輩に会いに行き、土曜日の観劇のお礼と二週間後に控えた夏祭りのことについて、話しをしてみた。
これが、同じ学年の二年の生徒が相手であれば、「普段は空気キャラの立花がナニをしに来たんだ?」と、怪しまれるところだっただろうが、幸いなことにオレの空気キャラぶりが、他学年にまで知れ渡っていることはなかったようだ(もちろん、カゲが薄いことが空気キャラの定義なので、オレのキャラが、他の学年にまで広く知れ渡っていることなどあり得ないのだが……)。
「土曜日の観劇のときは、お世話になりました! 先輩たちとカフェで話すことができて、とても楽しかったです。良ければ、テスト明けの夏越の祭に先週末のメンバーで参加しませんか? 今度は、ウチのクラスの久々知も誘って……」
オレからのこんな提案に、小田先輩は、
「おっ、立花くん、良いアイデアだな! オレから久々知と土曜日のメンバーに声を掛けても良いか? 念のため、立花くんのLANEのIDを教えておいてくれよ」
と、快く即答してくれた。
頼りになる先輩の答えと自分の考案した計画が順調に進みつつあることに、オレは、内心で喜ぶ。
その日の帰宅後には、すぐに、小田先輩からのグループLANEの招待メッセージが入ってきて、グループに登録すると、テスト前の期間であるにもかかわらず、メンバー間で活発なメッセージ交換がされ始めた。
ただ、この一連の流れの中で、オレには、一つだけ心配のタネがあった。
それは、久々知大成が交際相手である名和立夏を夏祭りに誘うのではないか、という懸念だ。
ただ、それは、オレの杞憂だったようで、上坂部が(おそらく遠慮がちに)投稿した
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>大成
立夏は誘わなくて良いの?
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というメッセージに対して、久々知が、
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一応聞いてみたけど、
その日は予定があるらしい
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と、返信したのを確認して、胸をなでおろした。
これで、当日は、名和立夏に気を遣うことなく、行動することができる。
オレは、自室でテスト勉強を進めながら、慣れないグループLANEで活発に更新されるメッセージを横目に見つつ、リア充たちのコミュニケーションに入っていくことへハードルの高さを実感していた。