吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第3章〜ピンチ・DE・デート〜④
謎の封書が自宅の郵便受けに投函されたこと、そして、その中身が、自身が気になっている女子生徒に関わることであったため、その日の夜の針本針太朗は、悶々とした気持ちを抱えたまま、なかなか寝付くことができず、寝不足のまま、翌日の登校時間を迎えることになった。
彼の気分をあらわすように、前日の夜から、シトシトと降り続いた雨が、ただでさえ気持ちが沈みがちなこの日の学院への登校をより、憂鬱なものにさせる。
「ねぇ、もし良かったら、二人きりで会って、感想やアドバイスを聞かせてくれない?」
真中仁美は、演劇部からコピーを手渡された台本について、そんなことを言っていたが、拙い文字で書かれた怪しげなメモ用紙はともかく、封書の中の二枚の写真を見たいまとなっては、彼女の言葉の裏に隠された意味があるのではないかと考えてしまう。
ましてや、彼女は演劇部に所属しているのだ。
真中仁美が舞台で演技をしている場面を見た訳では無いが、その特技を活かして、本心を隠したまま、自分に近づき、彼女の目的(それが何であるかはわからないが……)を果たそうとしている可能性は十分に考えられる。
(安心院先生が見せてくれたリリムの動画……もしかして、あの映像に写っている告白された女子生徒は……)
隣のクラスの男子生徒・西高裕貴の魂を吸い取ったリリムが誰なのか――――――?
その真相は、針太朗が自分の身を守るうえで、もっとも気にかけておかなければならないことでもある。
封書のメモ書きに書かれていた、
「まなか ひとみは リリムと人間のハーフだ」
という内容が真実だとして、魔族と人類の両方の血を受け継ぐものが、妖魔の特性をそのまま受け継いでいるかどうかも、針太朗には判断がつかないのだが……。
彼にとって心理的な影響が大きかったのは、仁美が、西高と微笑み合っている写真の方だった。
その微笑みが、彼女の真意なのであれば、それだけ、二人の仲が親密であることを意味するし、逆に、その表情が演技によるものであれば、彼女が、《伝説の大樹》で西高裕貴の魂を奪い取った相手ということになるのではないか……?
信頼して相談できる相手が不在の中で、針本針太朗は、そんな風に思いを巡らせていた。
(しばらくは――――――少なくとも、安心院先生が戻ってくるまでは……真中さんとの接触は避けておこう)
そう考えて、彼はなるべく、真中仁美が所属する1年1組の教室の方には足を向けないようにしていたのだが……。
「おはよう、針本くん! 台本は、もう読んでくれた?」
いつもの朝のように、自分が所属する1年2組の教室に入ろうとする直前、まるで彼を待ち構えていたように、真中仁美が声をかけてきた。
「うひゃっ!」
不意をつかれたため、思わず奇声を発してしまった針太朗に対して、仁美は、
「あっ、ゴメンね。急に声をかけたから驚いちゃったよね?」
と、心の底から申し訳なさそうに謝罪する。
「い、いや、ボクの方こそ、変な声を出しちゃって、ごめん……」
前日の夕方、怪しい封筒の中身を確認してから、不審感を抱いている相手ではあるが、とっさのことだったので、彼の方からもお詫びの言葉が口をついた。
「う、うん、私の方は大丈夫。それより、一昨日渡した台本は、もう見てもらえた? もし、感想とかアドバイスをもらえるなら、今週末にも聞かせてもらいたいな、って思って……」
「こ、今週末に?」
少なくとも、保健医の幽子と相談するまでは、仁美と二人きりで会うことは避けておこう、と考えていた針太朗は、ふたたび素っ頓狂な声を上げてしまった。
ただ、その声に反応したのは、針太朗の目の前の隣のクラスの女子生徒ではなく、彼の背後から近づいてきた二人の男子生徒だった。
「そりゃ、今週末は無理だよな、針本!」
「そうそう、なにせ、北川ちゃんと、ウニバでデートだもんな!」
クラスの異なる男女二人の会話に割って入ってきたのは、針太朗のクラスメートの乾貴志と辰巳良介だった。
「えっ、そうなの?」
針太朗に代わって彼の予定を返答する二人の男子の声に、驚いたように声をあげる仁美だったが、「あっ……」と、小さく声を出したあと、ニッコリと微笑みながら返答する。
「そっか……前に北川さんとも二人で出かける約束をしてたもんね……今度は、彼女の番だったんだ?」
前日、一方的に友情宣言をしてきた男子二名が会話に割り込んできたことと、仁美の意外な表情を目にして反応に困った針太朗は、
「う、うん……」
と、短く答えるのが精一杯だった。
「そっか、そっか! 楽しんできてね!」
ふたたび笑顔でそう言った真中仁美は、クルリと踵を返して、自分の所属する1年1組の教室に帰っていく。
その声色と表情とは裏腹に、針太朗には、彼女の背中がやけに寂しそうに感じられたのだが……。
(でも、彼女は演劇部だしな……いま感じた雰囲気も演技なのかも……)
一度、不審感を抱いてしまった相手に対して、彼は心情を気づかう余裕を失っていた。
一方、友人二人は、
「なんだ、北川ちゃんとデートって聞いても、真中ちゃんは反応ナシか……これが、正妻の余裕ってヤツか?」
「いや、単に針本が、オトコとして見られてないだけじゃね?」
などと、それぞれに好き勝手なことを言っている。
彼らの一言それぞれに、
(二人とも、ヒトの気も知らないで……)
と、針太朗は、さらに苛立ちを募らせるのだった。