初恋リベンジャーズ・第四部・第1章〜愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ〜①
5月のゴールデンウィークを終えた翌週のこと――――――。
二年A組のクラス委員を務めるオレと紅野アザミは、担任教師に呼び出され、放課後の相談室に向かっていた。
「あっ、黒田くんと紅野さん、このあと相談室に来てくれない?」
午後の授業が終わったあと、ショート・ホーム・ルームの時間に、ユリちゃんこと谷崎先生は、そう言って、オレたちを引き止めた。
オレはともかく、放課後は所属する吹奏楽部の練習で忙しい紅野には、授業外のことで、あまり負担を掛けたくないのだが……。
「放課後に呼び出しって、なんだろう? 私、なにか、しちゃったかな?」
先に教室を出て行った担任の姿が見えなくなってから、不安そうにつぶやく紅野だが、これまた、オレはともかく、品行方正を絵に描いたような優等生の紅野アザミが、問題を起こして相談室に呼び出されることなど考えられない。
心配気な表情の彼女の懸念を取り除くため、オレは、なるべく明るい表情で彼女に返答する。
「オレだけ呼び出されたならともかく、紅野も一緒なら、注意されることでは無いよ。オレたち二人を呼んだってことは、クラスの行事か、クラスメートにことに関わることだと思うぞ」
「そっか……! 黒田くんが言うなら、そんな気がしてきた」
朗らかな表情で返答する紅野に微笑を向けたあと、平静を装って、相談室のドアを開ける。
紅野の不安をやわらげるため、彼女には「心配するな」という旨のことを伝えたが、実際のところ、唐突な呼び出しを受けたため、どんな頼み事をされるのか、オレ自身にも、気掛かりに感じる気持ちが無いわけではない。
そんな心配を払拭するように、
「二年の黒田と紅野です。谷崎先生に呼ばれて来ました!」
入室理由を告げて、担任教師の元へ向かうと、ユリちゃん先生は、
「二人とも忙しい時にゴメンね」
と、申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせる。
「なんですか? わざわざ、相談室に呼び出して……教室や職員室じゃダメだったんですか?」
「生徒の個人情報に関わることだからね〜。職員室でも、ちょっと……この資料を持ち出すのだって、教頭の許可がいるんだから」
そう言いながら、担任教師は、なにやら紙の束を取り出す。
「まあ、座って」
と、着席を促されたオレたちがパイプ椅子に腰掛けるのを待ってから、ユリちゃん先生は、おもむろに本題を切り出した。
「二人に頼みたいってことは、緑川くんのことなんだ」
その名前を耳にしたとたん、隣同士で椅子に腰掛けていたオレと紅野は、互いに顔を見合わせる。
緑川武士――――――。
その名前は、始業式の日に発表されたクラス編成の掲示板で、我が二年A組の場所にあった名前ではあるのだが、新年度が始まって以降、少なくとも校内で、彼の姿を見た生徒は居ない……。
そう、彼は、高校二年に進級して早々、学校に来なくなった、いわゆる不登校生だ。
「新学期も始まって、もう、ひと月半になるけど、彼がまだ登校してきてないってのは、二人なら把握してるよね?」
おそらく、国内の一般的な高校と同様に、うちの二年A組には、転入してきたばかりにもかかわらず、早くもクラスの中心になっている白草四葉のような生徒から、交流のないクラスメートからは、名前を思い出すのもやっとと思われている生徒まで色々な生徒が居るのだが……。
これでも、オレと紅野は、クラス委員を務めているのだ。クラス全員の顔と名前、さらに、彼ら彼女らの交友関係は、すべて把握している。
ただし、その例外的存在が、担任教師が、その名を口にした緑川武士である。
互いに顔を見合わせたオレと紅野の反応で、こちらの想いを察したのか、細かな説明を省いて、担任教師は話し続ける。
「来月には、学年前期の中間試験もあるでしょう? そろそろ登校してテストに備えてもらわないと、三年生への進級も危なくなるの……」
ちなみに、我らが市立高校は、年間の授業は前期と後期の二期制で行われていて、前期の中間試験は6月、期末試験は9月に行われる。ユリちゃん先生の言うように、たしかに、試験に備えるなら、いまがギリギリの時期だろう。
ここで、オレたちを呼んで話しをするということは、おおむね、その依頼の中身は想像がつくのだが……。
ただし――――――。
残念ながら、一年の時に同じクラス同士だったオレと紅野は、クラスが別だった緑川とは、ほぼ面識がないのだ。
「でも、私……緑川くんと、話ししたことは、ほとんど無いですよ?」
担任教師の意を汲みながらも、機先を制して、自分と不登校生との関係について言及する紅野に続き、
「すんません、オレも同じくです」
と、カタチだけ申し訳なさそうにオレは、頭を下げる。
それでも、
「たしかに、あなた達は、一年生のときも私が受け持っていたし、クラスが違った緑川くんとは親しくないかも知れないけど……そこを何とか! 彼を担任していた岡田先生が異動になっちゃって、私も大変なのよ」
と、もう一度、こちらに向かって手を合わせるユリちゃん先生の姿を見ていると……。
オレも紅野も、その頼みをこの場で断るのは難しい、と判断せざるを得なかった。