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初恋リベンジャーズ・第四部・第1章〜愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ〜⑨
「えっ!? なんの音だよ!?」
声を上げる緑川の反応に、オレは手応えを感じた。打ち合わせどおりなら、この音は広いバルコニーが発生源のハズだ。
ブンッ――――――‼
もう一度、音が鳴ると、籠城している部屋の中の緊張感が、こちらに伝わって来る。
さらに続けて、シャッ! というカーテンを開く音が聞こえると同時に、室内からは緑川武志の
「う、うわ〜〜〜〜〜!」
という、なんとも情けない声が聞こえてきた。
「な、なんだよ黒田! なんで、金属バットを持ったヤツが、バルコニーに居るんだよ?」
動揺する緑川の質問に、オレは落ち着いた口調で応じる。
「なぜかと問われれば、おまえに、この部屋から出てきてもらうためだな。このまま、対面での話し合いができない――――――と、なれば、バルコニーに居る佐藤にフルスイングで、ガラスを叩き割って、入室させてもらう。おまえの母ちゃんにも、許可はもらっているからな」
「な、ナニ言ってるんだよ! 黒田、頭おかしいじゃないのか!?」
「まあ、そう思ってもらっても一向に構わないが……ちなみに、佐藤は二年生ながら、今年のチームの四番打者を任されていて、浜風の吹く球場でも、余裕でライトスタンドに打球を運ぶパワーの持ち主だ。ツラ構えが違うだろう?」
「野球のことなんて、わかんね〜よ! いいから、早くあの野球部のヤツをバルコニーから離れさせろ!」
「う〜ん、それには、この部屋のドアを開けてくれることが、一番てっとり早いなんだがな……どうだ、このドアの鍵を開けてくれないか?」
「わかった、わかったよ! 今すぐ開けるから!」
室内から、そう声がしたあと、カチャリと施錠を解除する音がして、ドアが内側に開かれる。
そこには、メガネを掛けた少し小柄な男子生徒がスウェットのジャージ姿で立っていた。
新学期から、いや、その少し前からかも知れないが、ひと月以上に渡って、薄暗い部屋に引きこもっていたためだろう、表情には青白くて覇気がなく、一方で、バルコニーからの謎の怪音が聞こえていたことによる、パニックに襲われたためか、目だけは血走っている。
少し荒療治になってしまったことを申し訳なく思いながら、新年度になってから、一度も教室に姿を見せていないクラスメートに、あらためてあいさつをする。
「ほぼ、はじめまして、だな。二年A組のクラス委員の黒田竜司だ」
「み、緑川武志だ。は、早く、バルコニーから、あいつを追い払ってくれ」
言葉につまりながら、名前を名乗り、自らの要望を伝える相手にうなずいて、カーテンを全開にしてから、広いバルコニーにつながる窓を開ける。
「サンキュー、テル! おかげで、難攻不落の城の扉が開いたぞ」
「ただ、思い切り素振りをさせてもらっただけだ。それより、緑川だっけか? 勝手にバルコニーに入って悪かったな」
佐藤は、さわやかな笑顔で、部屋の主に話しかける。
「う、うん……」
突然、ほぼ面識のない体育会系の生徒に話しかけられて、返答に困っている緑川に対し、
「じゃあ、お母さんに報告に行くか? 隣の部屋からバルコニーに移動させてもらったことも謝らないとな」
と、やや強引にうながして、三人でリビングに向かう。
「武志くん! お部屋から出てきてくれたのね!」
階段を降りた息子の姿を見た途端、緑川の母親は感激の声を上げ、涙さえ見せている。
さらに、緑川母と語り合っていたと思われるクラスメートは、
「はじめまして、緑川クン! 同じクラスの白草四葉です」
と、どんな男子でも虜にしそうな微笑みで語りかける。
完全に初対面のシロに声をかけられた緑川は、
「あ、あぁ……」
ほぼ完璧な挙動不審ムーブで返答し、顔を赤らめている。これが、前日、同じ女子生徒に対して、暴言を吐いた人間と同一人物だとは思えないのだが……。
まあ、ほぼ芸能人と言っても差し支えない相手から、急に話しかけられたら、こうなるのも仕方ないか――――――と、感じつつ、
(オレには、あんな笑顔で話しかけてくることなんてないのに……)
と、幼なじみにして、クラスメートの表情を横目で見ながら、切ない感情がこみ上げてくる。
そんなオレの気持ちをよそに、シロは、
「これも、佐藤くんのおかげだね! お疲れさま!」
と言って、今日の功労者の腕にポンポンと軽く触れた。
「いや、これくらいのこと……」
あからさまにほおを赤らめる佐藤に対して、緑川の母親も、
「本当に、なんとお礼を言って良いか……」
と、両足を掴まれたコメツキバッタのように、何度も頭を下げる。
そんな彼女たちの様子に、色々と思うところが無いわけではないが、気を取り直して、最後の本題に入る。
「このあと、もう少し緑川くんと話したいことがあるので、彼の部屋に行かせてもらって良いですか?」
「えぇ、もちろんです。新学期やクラスのこと、色々とお話ししてもらわないといけないでしょうから」
オレの問いかけに、緑川母は、言葉を噛みしめるようにうなずいた。
「じゃあ、オレの役目はここまでだな。少しは、お役に立てたようで良かった。リュウジ、宮っ子ラーメン期待してるぞ」
「あぁ、いつでも、おまえの都合が良いときに連絡してくれ」
そう言って、テルを見送ったオレは、緑川の母親の話し相手を再びシロに任せて、再びクラスメート男子の部屋を訪問することにした。オレには、その部屋の主が自分の城に立てこもっていた理由が、明確に見えてきていた。