
吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第1章〜初恋の味は少し苦くて、とびきり甘い〜⑭
ひばりヶ丘学院高等部の校舎裏に、一瞬の静寂が訪れる。
そうして、すぐに、
ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ――――――。
と、周辺の大気が、不穏な雰囲気に変わる音すら聞こえそうな空気に包まれるなか、最初に口を開いたのは、生徒会長の東山奈緒だった。
「ふむ……キミは、演劇部の一年生……真中仁美さんだったかな? 私の認識では、中等部の頃から、毎年クラス委員を務めるくらい真面目な生徒だということになっているのだが――――――ずい分と面白くないジョークを飛ばすじゃないか?」
彼女の言葉が呼び水になったのか、他の女子生徒たちも口々に発言を始める。
「そうですよ! いまは、真剣な場面なんですから、つまらない冗談はやめてください!」
中等部3年の西田ひかりが、上級生に食ってかかるように反論すれば、針太朗のクラスメートである北川希衣子も、
「それな! マナカ〜、いきなり出てきて、ハリモトに抱きつくとか、ちょっと空気読めてなくない?」
と、自身の先ほどの行為を省みることなく、同級生に対して苦言を呈する。
さらに、これまで気まずそうな表情で、発言することを控えていた南野楊子まで、少々、トゲのある声で自らの意見を述べた。
「真中さん、演劇部の練習なら、ちゃんと部室か講堂の決まった場所で行ってください。それとも、演劇部には、校舎裏の練習使用許可が出ているんでしょうか?」
最後の問いかけは、四人の女子から集中砲火を浴びる仁美ではなく、クラブの活動場所について許可を与える権限を持つ東山奈緒に対してのものだったようだ。
楊子の問いに、生徒会長は、芝居っけたっぷりにうなずきながら応じる。
「いや、私の手元に、そうした申請の類 は、提出されていないな」
東山会長の返答を受けて、小さく首をタテに振った楊子は、相変わらず針太朗に腕を絡ませたたままの同級生に宣告する。
「そういうわけで、真中さん。もう、お芝居は結構です。あなただって、私たちは、見初めた相手が誰に夢中になっていのか、簡単に見抜くことができるということくらい、理解しているでしょう?」
その言葉に、これ以上、演技を続ける意味がないと考えたのか、仁美は、針太朗にからませていた腕をほどき、肩をすくめながら、男子生徒に視線を送る。
その様子に、自身が考え、仁美に協力を依頼した作戦が、あっけなく破綻してしまったことを悟った針太朗は、覚悟を決めて、四人の女子たちに頭を下げる。
前日、保健室で養護教諭の安心院幽子から、真中仁美に、
「彼女たちが諦めて手を引くまで、キミに恋人の役を演じてもらおうと考えている」
という提案をしてもらったため、まずは、そのアイデアに便乗しようと考えたのだが、なかば予想どおり、恋人偽装計画は、アッサリと見破られてしまった。
(そもそも、ボクが真中さんと交際しているなんて、説得力ゼロだったんだよな……)
(だいたい、女子とお付き合いするなんて、ナニをすれば良いのかわかんないし……)
それでも――――――。
針太朗には、幽子のアイデアに乗ってみる価値はあるという思いに至っていた。
なぜなら――――――。
(こうして、他の女子を巻き込むような男子だとわかれば、ボクに幻滅して彼女たちも目を覚ましてくれるだろう……)
彼は、あえて自分自身を卑怯な手段を取る人間だと思わせることで、リリムたちの関心を自分から遠ざける手段を取ることにした。
そのため、昨夜の通話アプリでの打ち合わせでは、仁美に対して、
「計画がバレそうになったら、しつこく主張をせずに、すぐに手を引いてくれて構わないから……」
と、伝えておいた。
そして、彼は、頭を下げたまま、四人の女子生徒に向かって謝罪と、お断りの言葉を告げる。
「騙し討ちをするようなことをして、ゴメンナサイ。でも、ボクは、まだ誰ともお付き合いをするつもりは無いということをみんなに伝えてくて――――――」
不祥事を起こした有名人や大企業の取締役たちが謝罪会見を行う際の指標とされる最敬礼の角度(90度)と時間(キッチリ10秒)を守った針太朗が、頭を上げると、謝罪相手の彼女たちは、みな腕組みをしながら、彼に視線を向けていた。
「ふむ……どうやら、私たちの想いは、彼に軽く見られていたようだ」
生徒会長が口を開く。
「そうだね。そんな、軽々しい気持ちで手紙を書いたんじゃないだけど?」
クラスメートの陽キャラ女子も同調した。
「そうですね! ひかりは、『運命の人』なんて言葉を誰にでも言うわけじゃありません!」
中等部の女子生徒は、同意するようにうなずく。
そして、図書館で出会った同学年の女子も彼女たちと意気投合するように、
「針本さんには、少し幻滅してしまいました。まさか、こうして女子の気持ちを傷つけるタイプのヒトだったなんて……」
と断罪するように言い放つ。
(ヨシッ! ボクの計画どおり……あとは、このまま、手を引いてくれれば)
デスノートとともに記憶を取り戻した高校生のように、心のなかでニヤリとほくそ笑んだ針太朗だったが、彼の期待とは裏腹に、南野楊子は、言葉を続けた。
「――――――ですので、針本さんには、それなりの償いを要求したいと思います」
それは、彼の想定したシナリオとは、まったく異なるものだった。