
負けヒロインに花束を!第3章〜運命の人があなたならいいのに 現実はうまくいかない〜⑫
週が明けた月曜日――――――。
期末テストの成績に心配がない高校生にとっては、夏休み前という学校生活にとって、最高の季節を迎えているにもかかわらず、夏祭りの一件で、オレは、真っ青な夏の空のようには、気持ちが晴れないまま登校する。
♪ 夏が始まった合図がした
と歌うMrs. GREEN APPLEの歌詞には、リア充とは程遠いオレですら、ワクワクさせる高揚感を覚えるのだが、今年に限って言えば、そんな前向きな感情を持つことはできない。
(上坂部たちは、あのあと、どうしたんだろう? あと、大島には、どうやって報告するかなぁ)
夏祭り参加者のグループLANEでは、浦風さんを自宅まで送ったことを伝え、そのことに関するお礼のメッセージは返信されていたが、オレたちが、神社から帰ったあとに、先輩たちやクラスメートが、どう行動したのかはわからないままだった。
今回の夏祭りは、上坂部と久々知の仲を再接近させるためのスタートにしようと考えていたのだが、あのあとの二人の様子がわからない以上、オレが協力者と考えている大島への報告もできないし、今後の計画を練ることすらできない。
(仕方ない、しばらくは様子見が必要か……)
などと考えながら、教室に入って席に着くと、いまや、オレの天敵と言っても良い人物が話しかけてきた。
「立花クン、週末は、ずい分お楽しみだったみたいね」
(お前は、RPGに出てくる宿屋の主人か?)
というツッコミを入れてしまいたくなるのをこらえつつ、視線だけで「ナニか用か?」と、返事をすると、名和立夏は、
「ちょっと、話しがあるんだけど?」
と、先日と同じように、教室の外に出るようにうながす。こっちには、上坂部の障壁になっていると言っていい相手に用はないのだが、さりとて、彼女の話しを聞かない理由があるわけではないので、小さくうなずいてから、無言で彼女のあとについて行く。
名和が選んだ場所は、前回と同じように、人気の少ない昇降階段の踊り場だった。
「わざわざ、こんな場所に来て、話したいことってなんなんだ? 夏祭りのことなら、上坂部と久々知が、どうしたのか、オレは知らないぞ。下級生を家まで送るために、あいつらとは、祭りの途中で別れたからな」
機先を制するように、そう切り出すと、相手は余裕の笑みを浮かべながら返答する。
「そのことは、カレから報告を受けているから、どうでも良いわ。ちゃんと、事前に『私のことは気にしないで楽しんで来てね』って、メッセージを送っておいたもの。カレのように、同性・異性を問わず友だちが多いタイプと交際する場合は、自分が一緒に参加できないとき、こう言っておくのが効果的だからね」
「さすが、経験豊富な人間は、付き合っているオトコへのケアも完璧なんだな。人間関係の経験値が低いオレには、とても思いつかない配慮だ」
実際のところ、嫌味でもなんでもなく、名和立夏の久々知大成に対する気遣いには、感心するところが大きかった。上坂部と久々知のことだけを考え、一緒に夏祭りに参加する小田先輩や長洲先輩、浦風さんが、それぞれ、どんな想いで、週末の神社に来ていたのかをまったく考慮できていなかったオレからすれば、彼女の交際相手に対する配慮には、見習うべきモノがあるのではないかと感じたからだ。
ただ、オレには、気になることがあったので、彼女にたずね返す。
「でも、交際相手が、昔から仲の良い異性と夏祭りに出掛けたんだ。いまカノとしては、気にならないのか?」
そんな、オレの質問に対して、目の前の相手は、気にする様子もなく、平然と答える。
「別に……『なにか、良いモノがあったら、お土産を買ってきて』って、メッセージを送っておいたんだけど、カレは、『立夏に気に入ってもらえそうなモノは無かったから……』って言って、『代わりに、月末の花火大会に行かないか?』って誘ってくれたもの……これで、屋台に出てる子供だましのアクセサリーとかを買って来ていたら、SNSの裏アカで、ネット上に晒していたトコロだけどね」
クスクスと笑いながら語る相手の話しを聞きながら、オレは、頭を抱える。
前言撤回……なんという、性格の悪さだ。仮に、その投稿がバズったりすれば、また、ネット上での不毛な男女対立の種になってしまう。
そうだ、名和立夏という生徒は、こういうヤツだった。
そして、あきれながら、彼女に視線を戻すと、相手は、「そんなことより、本題なんだけど……」と、会話を軌道修正するように切り出した。
「私たちのクラスの女子の中で、白草四葉ちゃんの恋愛お悩み相談のことが話題になってるんだけど……」
白草四葉ちゃんの恋愛お悩み相談――――――。
クラスメートの発した、その一言で、オレの鼓動は早鐘を鳴らし始めた。
「何日か前に、彼女がライブ配信で答えたお悩み相談の内容が、『転校生に片想いの相手を取られた幼なじみの女の子』に関するモノだったんだけど……その送り主が、第三者を装った幼なじみの女子本人なんじゃないかって言われてるんだよね。それに、このシチュエーションって、どこかで聞いたことのようなお話しだもんね。私たちのクラスのクラス委員さんは、大丈夫かしら?」
名和立夏が、言葉を最後まで発するより前に、オレは身体全体から血の気が引くように感覚を覚え、気がつくと、話し相手を置き去りにして、教室に向かって走り出していた。