
吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第4章〜悪魔が来たりて口笛を吹く〜⑥
「チッ!」
という舌打ちとともに、オノケリスは、獣と化した下半身の方に左腕を伸ばして、突き刺さった矢を引き抜くと、自らの身体を傷つけた矢尻を確認する。
彼女の下半身を貫いた矢は、弓道の競技にも使用されるもので、矢の先端部分にあたる矢尻は、先が尖っているものの、木製であるため、殺傷力が高いとは言えないモノだ。
「余計な邪魔をしやがって……と、言いたいところだが――――――こんな競技用のモノで対抗しようとうは、私もずいぶんと舐められたものだな……」
吐き捨てるように言ったオノケリスは、手にした矢を両手で、パキリとへし折る。
自身の全身を圧迫する魔族の力が弱まったことで、身体を動かす余裕が生まれた針太朗が矢の飛んできた方向に顔を向けると、上空から観るとL字のような形になっている建物の南西の方向に伸びる校舎棟の屋上に、生徒会長の姿が見えた。
弓道では、遠的と呼ばれる遠い距離の的を射抜く競技でも、射手から的までの距離は、60メートルとされている。
しかし、彼女の立ち位置から、男子高校生に覆いかぶさろうとしていた魔族の位置までは、ゆうに100メートルを超える距離がありながらも、奈緒の放った矢は、見事にオノケリスの半身を突き刺さした。
「奈緒さん!」
針太朗が声を上げると、東山奈緒は、二射目の構えに入る。
競技会の本番以上に真剣な表情で的となる対象を見つめる彼女の手元から放たれた矢は、緩やかな放物線を描き、一直線に、男子生徒を襲う人ならざる者に向かって飛んでいく。
しかし――――――。
人間以上の身体能力を有するオノケリスにすれば、意識さえ射手の方に向けていれば、100メートル以上離れた距離から放たれる矢を避けることなど造作もないことだった。
カツン――――――。
と、鈍い音を立てながら、校舎屋上の地面に落下する。
「フンッ! 当たらなければ、どうと言うことはない! いや、当たったところで、この矢ではな……」
同じく競技として行われる洋弓のアーチェリーと比べても、速度で劣る和弓をあざ笑うように言い放ったオノケリスは、余裕の笑みを浮かべながら、再び針太朗に、にじり寄った。
あお向けで、屋上のコンクリートに背中を付けたままだった針太朗は、サッと立ち上がり、オノケリスから距離を取ろうとする。
そんな男子生徒に対して、相変わらず、嗜虐的な笑みをたたえながら近寄る魔族に対し、三度、生徒会長の手から矢が放たれた。
「くどい!」
今度は、放たれた矢を薙ぎ払おうと、左腕を大きく振ったオノケリスの手のひらには、矢を払い落とす際に触れたかすり傷ができた。
「まったく、うるさいハエだ……しかし、どれだけ続くかな?」
傍目から見れば、殺傷能力に乏しい竹製の和弓で、この魔族に致命傷を与えるのは困難に感じられる。
ただ、再び針太朗を襲わんと、彼に接近するオノケリスを牽制する効果は十分にあるようで、ロバの下半身を持つ魔族が男子生徒に近寄ろうとするたびに、生徒会長の手元から放たれる矢のおかげで、先ほどのように、首元をしめあげられるような危機的場面を迎えることはない。
ただ、それも、奈緒の持つ矢が尽きるまでの限定的な安全確保でしかなかった。
「針太朗くん! 誰でも良いから連絡を取って、屋上での現状を伝えるんだ! 警備室に連絡が入れば、すぐに警備員が、此処に駆けつけてくれる!」
離れた位置で弓を構える姿勢を崩さないまま、東山奈緒が声を張り上げて、距離の離れた針太朗に打開策を伝えると、彼は、大きくうなずいてスマートフォンから、通話アプリを起動させる。
一方、オノケリスも、彼らの取ろうとする方策を黙って見過ごすような相手ではない。
「面倒ごとは、ゴメンだね! サッサと決着をつけさせてもらうよ!」
スマホを手にした針太朗との距離を詰めようとする半獣の魔族に対して、奈緒が容赦なく矢を浴びせかける。
速射された矢尻は、一本、二本と確実にオノケリスの下半身に突き刺さるが、ターゲットを定めた魔獣は、意に介さずに針太朗に迫り寄る。
自らに迫ろうとするオノケリスの姿を確認しながら、針太朗が通話ボタンをタップして発信を行うと、「針本からの連絡は、すぐに反応できるようにしておくよ」と宣言していた乾貴志は、すぐに応答し、たずねてくる。
「どうしたの針本? なにかあった!?」
「屋上で、例の怪しい女性に襲われている! たのむ、乾! はやく警備室に連絡してくれ」
声を張り上げて、友人に現在の危機的状況を伝えるが、そこまで言い切ったのとほぼ同時に、針太朗は、背後から、
ガツンッ――――――!
という衝撃を受けて、そのまま、前のめりにコンクリート製の地面に倒れ込んだ。
「大丈夫か!? 針本、大丈夫なのか?」
地面に突っ伏した瞬間に左手から離れたスマホのスピーカーからは、貴志の声が響くが、再びオノケリスに馬乗りの体勢でのしかかられた針太朗は、その声に答えることができない。
頸部を圧迫する半獣の蹄の重量に耐えながら、手を伸ばした先のスマートフォンからは、通話の終了を意味する効果音が流れた。