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初恋リベンジャーズ・第四部・第3章〜最も長く続く愛は、報われない愛である〜④

 桃華ももかとVTuberのキャラクター・メイクの試作テストを楽しんだあと、部室に戻ってきた鳳花ほうか部長と新入部員の宮野雪乃みやのゆきのに、今週から広報部の活動に本格復帰することを告げて、下校することにした。

 お互いに一人暮らしのマンションが隣同士ということもあって、久々に一緒に下校した桃華は、終始、上機嫌で新企画のVTuberのキャラクター設定について、色々なアイデアを語っていた。
 
 自宅に帰り着き、風呂の準備をしつつ、夕飯の時間までには少し間があったので、十日ほど前、緑川の家に行く途中でスマホから注文していた本が届いていたことを思い出し、無造作にテーブルに置いてあった、ぶ厚いペーパー・バックの本を手に取る。

 黒地に白と金色の文字で、『ザ・ゲーム THE GAME』と書かれたその本の表紙には、スタイルの良い女性を思わせる影絵の他に、

 ・”ハリウッド発”非モテ男脱出計画!!
 ・MISSION発令 15秒位内にあのオンナのメアドをGETせよ
 ・モテるために必要なのは、金でも、名声でも、ルックスでもない!
 ・退屈な人生を変える究極のナンパバイブル

という文字が踊っている。

 率直に言えば、、ア◯ゾンの郵便パッケージの封を開けて中身を確認した瞬間のオレは、かなり後悔していた。
 このドギツく、上品とは言えない表紙や帯の煽り文は、見る者をゲンナリさせる。

 正直なところ、この本が書棚にあるのを他人に見られるのは、いわゆる『お宝本たからぼん』が見つかるよりも恥ずかしいモノがあるかも知れない。
 そして、20世紀の青少年と違って、なんでも、スマホの画面で解決できる自分たちの世代にとっては、わざわざ雑誌など紙ベースの『お宝本たからぼん』に頼ることは皆無と言って良いので、そうしたモノが、自室のベッドの下や本棚の裏、学習机の引き出しの底に隠れている、ということも無い(緑川から貸し出されているコミックはのぞく)。

 そんな訳で、一週間あまり前に届いたこの本は、ワンルームマンションの我が家において、他人に見られると恥ずかしい物ランキングのダントツNo.1に躍り出た訳なのだが――――――。

(実物じゃなくて、スマホでも読めるキ◯ドルのデジタル版を購入しておけば良かった……)

 などと、後悔しつつも、夕飯を準備する前の軽い時間つぶしのつもりで、パラパラと冒頭のテキストを読み始めたオレは、その内容にすっかりハマってしまった。

 大学を卒業して、雑誌に寄稿するライターとして職を得るまで、女性に対して引っ込み思案だった著者のニール・ストラウスが、自分のあり方を変えるべく、『スタイル』と名乗り、実際に出会ったナンパの伝道師から、そのコミュニティの秘策や秘術を学び取って、次々と女性を口説き落として行く前半のストーリーから、オレの心は、ワシ掴みにされた。

 基本的に、著者であるニール・ストラウスの回想で綴られる文章の中には、具体的な口説きのテクニックが記されている。
 心理学やコミュニケーション理論、セラピーおよびカウンセリングの現場から得られた知見をもとに確立された相手の心を開かせるナンパ術は、この本を読み始める前の期待値を大幅に超える面白さを感じる。

 なかでも、スタイルの初期の師匠でもあり友人でもあるミステリーを名乗る男が語る『ピーコック・セオリー』と呼ばれる仕掛けは、シロが緑川に授けたルーティーンと共通することも多く、その効果をクラスメートの隣で目の当たりにしていたオレにとって、説得力がバツグンだった。

 また、「一人きりでいるオンナは狙うな」という注意喚起には、曇った目からウロコが落ちる想いがした。

 いわく、「一人でいる女性は、自分の世界を壊されることを嫌う」「二人以上でコミュニケーションを取っている女性に話しかけて、『ピーコック・セオリー』を仕掛けろ」……。

 この内容を目にしたとき、野球部のマネージャー・中江なかえ先輩や吹奏楽部の寿ことぶき副部長に対して絶大な効果を発揮した緑川のルーティーンが、なぜ、今日の放課後、桃華にはまったく相手にされなかったが、ハッキリと理解できた。
 別のルーティーンを仕掛けた今回のターゲットである山吹やまぶきあかりも含めて、緑川と興味を持って話していた女子生徒には、周りの人たちと積極的にコミュニケーションを取り、話したがっていた、という特徴がある。

 ルーティーンが上手く行っていたときの緑川は、その中で、相手をイジったり、意図的に無視したりして、コミュニケーションの主導権を奪うような行動を取っていたのだ。そこで、相手は、コミュニケーションを取りたい、という欲求が生まれ、結果的にルーティーンを仕掛けた側が会話の主導権を握りやすくなったというわけだ。

「孫氏の言葉に、『先ずその愛する所を奪わば、即ち聴かん』というものがあるわ。まず、相手が大切にしているものを奪えば、こちらが主導権を握れる、という意味ね」

 今さらながらに、この本を注文した日、鳳花部長が語っていた言葉を思い出す。
 無論、孫氏のこの格言は、軍事や外交における秘訣を指しているのだろうが……一般的な対人関係にも十分に当てはまる言葉のように感じられた。

 また、ルーティーンの仕掛けにハマった女子生徒がいる一方で、今日の放課後の広報部の部室では、桃華が、一人でPCに向かって作業をしていた。
 それなりに付き合いの長いオレにはわかるのだが、彼女は、生徒会長や女子バスケ部のメンバーと違って、不特定多数の人物との会話を好むタイプではない。

 そんな女子生徒が、自分の作業に没頭しているときに話しかけたところで、ウザがられるのは当たり前の話だった。そこには、相手の恋愛観など、これっぽっちも関係がない。

 その点において、いまオレが手にしている本は、シロの注意喚起以上の説得力を持っているように感じられた。
 さらに、この本の後半には、ライターである著者が、今世紀初頭に全米の歌姫と称されていたブリトニー・スピアーズにインタビューを行い、自身が会得したルーティーンを元に、彼女の心を開いて、電話番号を交換した際の会話が詳細に記述されているという。

(この本があれば、シロの『超恋愛学』の講義以上のモノが得られるんじゃないか!?)

 そんな手応えを感じたオレは、ぶ厚いペーパーバックを持つ手の震えを抑えることが出来なかった。

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