運も実力のうち。結果良ければ全てよし。

皆さんこんにちは。
noteの投稿も6週連続しか続かなかった古屋です。

割と色んなところで「note見てます。ウケますね」と言っていただけておりますが、ウケるようなの書いたっけと思っています。

ということで今回は「とりあえず書く」という習慣を作るために、自分を少しさらけ出してみようと思っております。

いきなりですがは私はとにかく「お金」 に対してちゃんとしていません。
ちゃんとしていないというのは、お金に対して執着がないとかではなくて、一言で言えば「だらしない」です。

私の父親は私が中学2年生の時に朝起こしても起きず、救急車で運ばれて全身付随になりました。くも膜下出血でした。
そのまま5年間、意識はあるけど右手首の先と首から上以外の全身付随なので病院(というか施設?)の生活を余儀なくされた後に私が20歳の時に他界しました。

父はとんでもなくギャンブルが好きで、競艇とスロットに全力で取り組んでいて、家にはお金を一切入れずにたまにしか帰ってこない人でした。

私が学校から帰ってきて家でゆっくりしていると、色んなスーツ姿の怖そうな人が家にやってきて

怖い人「お父さんどこ?居場所教えて」

私「知らないです。帰ってこないですから。見つけたら僕にも教えてください」

母から言えと言われていた言葉をお答えする生活でした。
色んな○○ファイナンスという手紙がたくさん送られてきていたので借金してんだろうなということはさすがに理解していたものの、倒れた後に母に金額が「3000万くらい」と聞いてびっくりしました。

酒も大好きでたまに帰ってきたら2リットルくらいの牛乳パックみたいなやつに入った日本酒をガバガバ飲み、なくなると夜中で寝ていようが私に買ってこいと姉と一緒に買いに行かされていました。
※当時は子供でも夜中でもお酒が自販機で買える時代です。もちろんタバコも買いに行かされていました。

このお買い物ですが、断ると殴られます。
思春期に差し掛かっていた頃、断ったら殴られたので父親を蹴り返したことがあったんですが、その時言った父の言葉が忘れられません。

「俺がお前を殴るのは教育だ!でもお前が俺を蹴るのは家庭内暴力だ!」

今は何言ってんだこのオヤジってなりますが、当時の私は「そうなんだ!」と素直に思うピュア少年でした。

あと余談ですが倒れた後に母が借金をどうにかしようと奔走している中で、「絶対に借りちゃいけない所」で借りていたことがわかったらしいんですね。
そこで母がとった行動が、そこの事務所に行き、「必ず私が返すから月5千円にしてください」と直談判しにいって話をつけ、その後2年間きっちり返しに行っていたら「もう完済でいいよ」って言ってもらえてそこの借金がなくなったって話を近親者から聞きました。
うちの母ちゃんやべぇなって話。

そんなパンチパーマで板前の父親だったので私は絶対にこんな大人になってはいけない。と強く思っていました。
なのでお酒は全く飲む気もしなかったし、ビールもコップ半分で倒れそうになるくらい嫌いでした。
正直、お酒を飲む人も大嫌いでした。
※30歳を過ぎて飲まなければならない事情があって飲むようになって、今となっては嫌いだったのどこいったってなってますがその話はここでは良いんです。

もちろんギャンブルなんてしなかったし、パチンコ、競輪や競馬、麻雀など大学生とかで皆で嗜むんであろう娯楽は一切やったことがなかったです。
※40歳になってパチンコにハマりましたがその話もここでは良いんです。

ここまで聞くと、だったら金にだらしなくないじゃんってなると思うんですが、私には決定的にダメなところがありまして「物欲が誰よりも強い」「浪費癖がある」というとこがありました。

前に車を千円の手付で買ってきた。と書きましたが、車は5台以上変えていますし、レザークラフトがやりたい!と思ったら「業者かよ」ってくらい道具を集めます。
ソロキャンプがしたい!となったら「大家族かよ」ってくらいの装備を用意してしまいます。
ゴルフのドライバーも何本変えたことか。

28歳の時に「家賃が無駄」と思ってちゃんと下調べもしないでマンションを購入して、駅徒歩18分というとても中途半端に歩きたくない距離だったり、間取りが自分の生活にあってないなど気付いたのも後でした。

当然家には物が溢れ、いままでずっと3年に一度くらいは不用品回収を呼んで引き取ってもらうということを続けていました。

30歳の頃にクレジットカードという魔法のカードの存在を知ってしまい、「限度額」というものを「そこまで使っていい」と勘違いしてしまったんですね。

30歳を過ぎてから飲みの楽しさデビューをしてしまったので、皆と飲みに行くのが楽しくて仕方がなく、カードで支払っても月1万円だけの支払いで良いと思ってしまったのです。
※いわゆるリボ地獄というやつ。

さらには物欲に任せて買う物が「ちゃんとした物」ではないため、やはり後で納得がいかなくなってまたちょっとだけいいやつに買い直す。
でもまた気に食わなくなってちょっといいやつに買い直す。という、まさに安物買いの銭失いの状態でした。

どれだけ頑張って年収が上がっても、支払いがすごいので全然残りません。逆に言えば年収上げないと生きていけなかったということかもしれませんが…

数年前、そんなどうしようもない私に転機が訪れ、地獄から抜け出すことができたんです。

webニュースを見ていて偶然出てきた「今の家を査定してみませんか」という広告を見て、そういやこの駅徒歩18分の家っていくらくらいになんのかな。と思ってやってみたところから始まって、結論を言うと最終的に売却することが出来たのですが、15年住んでいたのに「購入時と同じ金額」で売ることができたのです。


「家賃が無駄」とかいって買ったマンションの15年分の支払いが戻ってきた(つまり実質15年タダで住んだ)という信じられない奇跡が起きたんです。

私の溜まりに溜まっていたリボ地獄が一瞬にして終わりを告げた瞬間でした。(引くほどの金額でしたがここではさすがに伏せますw)

ここで完全に目が覚めた私は、お金に対しても自分の物欲に対しても考え方を完全に変えることができたんですね。

・どうしても欲しいものはシッカリした物で長く使えるものにする。

・高額品はリセールバリューも考える

・ほとんどのものが無くても良い物だと考える

・リボ払いは2度としない

・お金は使うのではなく増やすことを考える

・ウシジマくんを見て反省する


やっと人並みになってきたかなと思えていますが、まだまだ出来ていないことも多いので日々勉強と成長です。

今もパチンコはたまに行きますが、上限金額を決めて「これは父親の供養である」と勘違いしながら少し嗜む程度にしています。

運も実力のうちと言いますが、本当にただの運だったなと思っているものの、せっかくちゃんとすることができるチャンスが訪れたのでそんな自分も楽しんで行きつつ、迷惑をかけてきた家族と、やべぇ母ちゃんに親孝行をしていこうと思っています。

ちなみに同じ境遇だった姉は私と違って堅実に成長し、信用金庫に勤めて市役所の方と結婚し、3人の子宝に恵まれて母ちゃんとも同居していて完全にデキたお人になられています。

こんなこと書いていいんかな?w
広報にめたくそ怒られる気がしなくもないですねw

我ながら壮絶人生だとは思いながらも、自分が死ぬ時に「これも楽しい人生だったなー」と言える気がしています。

でもそれもまだまだ先の話。(のはず。)

今後も楽しんで行きます!

ではまた!


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