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ASIBA2期PJ|建築設備の多面的アプローチ

ASIBAインキュベーションプログラム第2期のプロジェクト・Withvacに取り組んでいる藤間朋久です。第1期から継続してWithvacに取り組む中で自分が感じ始めた新たな課題感、そして目指すべき新たな展望について言語化しました。

「Withvac」プロジェクトの概要
省エネやビルのスマート化が求められる現代において、空調等のビルシステムが建築に果たす役割は大きく、建築設備工学についての深い理解や能力が重要になりつつあります。また近年では設備システムにおけるITインフラの設計・構築や、機械学習を用いた設備運用データの解析など、情報技術の応用可能性がさかんに研究されています。Withvacはこうした新しい学問分野を共に学ぶコミュニティとなり、勉強会や実装などを行います。
一方で、技術的な課題解決に留まらず、設備がこれからの時代に人間の生活をどう豊かにするのか、「スマートビル」における本当の価値創出とは何なのか、などといった大きなビジョンを描き出すことこそ、現在最も求められていることであるとWithvacは考えています。人間の価値観や思想に直結する内容だからこそ、工学はもちろん、建築意匠や歴史・芸術など様々な分野の知見を寄せ集め、学生ならではの発想でアプローチしていきます。


1. 建築設備を再考する

激甚化する気候変動や国際的な紛争によって綻びていく地球を眺めながら、「科学技術」に対して不信感や疑念を抱くようになった人々が多いのではないかと思います。技術革新によってもたらされた恩恵を享受して今を生きる私たちは、科学技術のあり方について再考するターニングポイントを迎えているのではないでしょうか。

今回は自分たちの身近にある建築設備に目を向けてみます。現代の人間の暮らしは給排水設備や衛生設備、空調設備、電気設備といった建築設備に依存して成り立っています。電気や水を自由に利用したり、ボタン一つで室内の温度を自由に変えられたりするように、人間は建築設備を追従させるような形で身の回りの環境を自由自在に制御しています。特に冷暖房や熱源などの空調設備は、人間が不快感なく過ごせる室内環境の実現を代償として多量の温室効果ガスを排出し、地球温暖化を促進しています。できることなら空調設備に頼らない生活を実現させたい。夏暑ければ日陰に移動するだとか、冬の寒さを凌ぐために窓ガラスにシートを貼るとかして自分で一工夫加えてみるだとか。設備に依存しなくてもできることはいくらでもあるので、設備なしの生活を実現させることが理想である………と言えるわけではなくなってきてしまいました。
今の地球は、空調設備無しで人間の生存は保証されなくなるほどに変わり果ててしまいました。

医療施設において空調設備が必要不可欠な存在となっているように、自分たちは設備がもたらしてくれた恩恵に感謝しつつ、それでも設備に対する向き合い方、設備そのもののあり方について再考しなければならないと思います。今こそ、建築設備に目を向けるべきだと思います。建築設備は現在のようにただ自分たちの生活をただ利便化させるだけのものなのでしょうか、建築設備にはこれまでにないポテンシャルが秘められている可能性もあるのではないでしょうか。
快適性と環境負荷の両方を同時にもたらす建築設備に対して、僕自身もどこか懐疑的なイメージを持っていました。しかし、まずは建築設備がもつ現状の課題をクリアにしていく必要があります。「エネルギー消費の削減と快適な室内環境の両立」を目標として掲げながら、今一度建築設備の再考に取り組みます。

2. 人間と建築設備のコミュニケーション

ASIBA1期では、現在東大M1の宮田さんと協働で「Withvac」に取り組みました。都市に沢山存在する建築設備の老朽化による運転効率の低下、それからマネジメントの担い手不足という状況を鑑みて、建築設備の不具合検知診断を高精度かつ高効率に行う診断ツールを提案しました。不具合検知診断が高精度に行われることで、設備のメンテナンス業者の方は設備の状態を詳細に把握することができ、さらにメンテナンスの負担が軽減されて設備の運用が効率化されます。設備が自ら不具合を詳細に人間へ伝えるようにもなる構図と、従来は人間が設備を一方的に制御していた構図を比較して、人間と設備が双方向のコミュニケーションを取るようになるというビジョンを示しました。

ASIBA1期で作成した診断ツールのプロトタイプ

さらに、単体の建物に向けた診断ツールの提案から発展させて、一つの街区における複数の建物の設備管理データを収集するプラットフォームを提案しました。これを実現させるには現状多くの課題がありますが、僕はこのデータプラットフォームに大きな可能性を見出しているので、本当に実現させてみせます。僕の中でも、ASIBA1期でのWithvacのプロジェクトを通して、建築設備に対する関心(&危機感?)がさらに湧いてきました。

ちなみにWithvacは元々メンテナンス業者の方やビルオーナーの方を対象としたB2Bのサービスとして提案していました。
「人間と建築設備のコミュニケーション」はメンテナンス業者の方に限らず、室内で空調設備を何気なく利用する多くの人々との間でも実現するのが理想です。しかし、コミュニケーションを実現させる以前の問題として、そもそも建築設備は「よくわからない」というイメージを持たれています。

2024年6月、主に学生を対象として簡易的なアンケートを実施しました。約7割の方が建築設備はよくわからない、イメージできないと回答しています。

ASIBA1期の最終カンファレンス(2023年11月)では、「皆さんは普段注目しないと思いますが、都市にはこんなにも大量の設備があって……」という導入でピッチを行いました。注目されない原因は、設備の難解なシステムに起因するものなのか、ものを隠すことが好まれてきた近代の風潮からか設備は隠されることが一般的になったことに起因するものなのか、いくつか考えられますが、このままで良いのでしょうか。
やはり建築設備のあり方そのものについて見直すことが必要だと思います。

3. 建築設備は元々人間…だった…!?

イタリアの作家・Alberto Angelaの著書『古代ローマ人の24時間』で描写されている、奴隷制度を受容してきた古代ローマの日常の中で、現代の各家庭に備わっている電化製品や各種設備はかつて古代ローマの使用人や奴隷が果たしていたのと同じ役割を果たしていると説明しています。例えば、給水場まで水を汲みに行っていた奴隷に代わる「水道」、火鉢に火を起こす奴隷に代わる「暖房機器」……など。

平均的な邸宅で5~12人の奴隷を使うのは多すぎると思う人は、自分の家の家電製品を数えてみるといい。すると、自分の暮らしも大差ないことに気づくだろう。現代人にとっての家電製品は、まさに「人工的に造られた奴隷」なのだ。

Alberto Angela(2012). 『古代ローマ人の24時間』. 河出文庫

世界の石油消費量は2018年には46億6000万トンに達している。ここから得られる余分なエネルギーは、およそ4000億人がアメリカの年間労働日数分働いているだけのエネルギーに等しい ー これは化石燃料以前の表現では、地球上のあらゆる人に、ひとりあたり50人以上の使用人がついていることに匹敵する。

Barnabas Calder(2023).『建築とエネルギーの人類史』. 東京堂出版

古代ローマの市民が奴隷を追従させて生活を送っていたように、現代の人々が建築設備を追従させて不便のない生活を送っているこの構図は2000年経った今でも変化していないのではないでしょうか。古代ローマの奴隷は当然人力であったため、生活基盤の構築・発展には限界があり、その限度の中で古代ローマは繁栄の時を謳歌していました。しかしその一方で、技術革新の賜物とも言える建築設備は現代の生活にもたらしてくれた安定を代償に、多量の温室効果ガスを排出することで地球の環境破壊を促進しています。特に、身近にある冷暖房をはじめとした空調設備は屋内の快適性と屋外環境への影響のトレードオフが大きいです。
設備によっていくら現代の生活が利便化されるとはいえ、それと同時に環境にも悪影響を与えてしまうという懸念点には慎重に向き合い、そして改善する必要があります。このような機械化によって、人々には安全性と効率化されたことによって生まれる時間という恩恵が与えられつつも、やはり現状の運用方法では環境への直接的な悪影響はもちろん、設備によって人間と自然の関係が希薄化されるという懸念も生じます。自然とのつながりが希薄になることで、人間も自然の一部であるという認識が欠けると、人間は自然を単なるリソースと見なすようになり、これが私たちの持続可能性を阻害するものになると思います。

4. 建築設備の新たなあり方

建築設備は元々人間だったという表現を用いてみましたが、古代ローマの時代から人間の生活を利便化させるものは常に人間がそれを一方的に追従させるという構図は変わらず、現代の複雑なシステムを持ち合わせる建築設備は人々から隠されたような存在となりました。ただ単純に温室効果ガスを排出しているだけでなく、人間と自然の関係を希薄化させる今の建築設備のあり方は、これからどんなものへと変化するべきでしょうか。
僕は、人間と建築設備はもっとインタラクティブな関係性を持つことが必要だと考えています。インタラクティブな関係性を持つというのは、人間が一方的に建築設備に対してアクションを取るのではなく、建築設備からも人間へ何かしら働きかけるようになる関係を持続させることです。
ASIBA1期の最終カンファレンスにて、「人間と設備が双方向のコミュニケーションを取るようになる」というビジョンを語りましたが、この提案自体にしても説明の仕方にしてももっと面白く、ワクワクするものにできたのではないかとカンファレンスを終えてから思いました。例えば映画『カーズ』に登場する、喋る車たちのように「建築設備が喋る」様子をUI上に作成してみるとか。「君ちょっとエネルギー使いすぎだぞ!」みたいな。

ところで僕カーズ見たことありません。
(出典:映画.com, 映画「カーズ」
!?!?!?!?

省エネに向けた取り組みの一環として、ダクトや冷凍機が喋るようになって、自分に起きた不具合の詳細を人間に伝えるようになるとまさにインタラクティブな関係性が生まれるのではないか。そんな関係性を生み出すためには、ワクワクという付加価値を与えるのがわかりやすく取り組みやすいのかもしれません。

ワクワクという付加価値は過去にも考えられていたようです。
丹下健三さんに指名され、東京都庁舎(1957年竣工)や香川県庁(1958年竣工)などの空調設備を多く手がけた設備設計家・プラントエンジニアの川合健二さんは、冷却システムや熱交換技術の効率化に注力し、多くの革新的なアイデアや技術を提案してきました。

川合健二さんの自邸・コルゲートハウス(愛知県豊橋市)
(出典:アートの森, 【評・建築】川合健二 コルゲートハウス「型破り」体感できる宿に

川合健二さんは『川合健二 ボイラーを語る』にて、新しい熱交換技術としてパイプ内にスクリューを設置し、水を効率的に撹拌するという熱交換の効率化を図る方法を提案していましたが、エンジンや冷却システムが様々な燃料で動作できる可能性について言及する際には、コストの観点から灯油、さらには香水を燃料として用いるというようなユーモアを交えた提案をしていました。

(前略)
ーー灯油は。
灯油でいいし、たきものでもいいわけでしょう。要するにものがあったまればいいわけで(笑)、ですから一ぱい飲むウィスキーでもいいし、何でもいいわけです(笑)。
ーーまた木炭自動車が走りそうですね。
木炭でもいい。
ーーたとえば自動車が香水を入れて走るなんて。
エンジンね(笑)。
一ー公害にならない。いいにおいがしたりして。

川合健二 ボイラーを語る. 『建築』(中外出版). 1970.10

省エネに向けた取り組みにとどまらず、設備自体をもっとワクワクさせる、もっと面白くさせることで、人間と設備がインタラクティブに関わるようになる。都市部での生活では頼らざるを得ない存在になりつつある設備に対して、エネルギー削減という1つしかなかった方向性を超えて、人間と設備の新しい関係性を生み出したいと思います。
設備に与えるワクワクという付加価値についてですが、建築設備を利用する人にとって面白いと思えるものとは何なのか、まずは自分なりに簡潔な形でアイデアの100本切りに挑戦しました。

- 設備がどのような仕組みで動いているのか、今まで隠されていた建築設備の全容に触れることができる面白さ(例)天井や壁が透明になって設備が見えるようになる
- 自身の省エネの取り組みが定量的に可視化されたり、設備を通して自身と環境の関わりが感じられたりする面白さ(例)冷暖房を今までボタン一つで操作できていたのが、冷房の設定温度を下げたい場合はハンドルをめちゃくちゃ回さないといけなくなる
- 室内温度の調整、電気や水の供給といった従来の設備の機能に、香りや色、音などの要素が追加される面白さ(例)香水で動く冷暖房設備
など

ただ、このようなワクワクは本当に意図的に生み出せるものなのでしょうか。また建築設備単体でアイデアを生み出してしまって良いのでしょうか。自分が本当にワクワクするものだと思っていても、利用者にとってはそうでないかもしれないし、設計者の意図した使われ方をされなかったという設計者と利用者における相違のようなものが生じるかもしれません。ワクワクはどのように、そして持続可能性の観点でどこまでデザインできるのでしょうか……。

PANEL_ワクワクはどこまでデザインできるか?

7/6(土)のASIBA FES 2024ではまだ答えが見つかっていない問い「ワクワクはどこまでデザインできるか?」に向き合うために対談企画を実施します!

僕と同じASIBA2期のプロジェクトであり、そして僕たち「Withvac」と同じ問いに直面していると言う「はみラボ」の臼井君と協働で企画しています。
ゲストとしてご登壇いただく「ちっちゃい辻堂」の地主である石井さん、「ちっちゃい辻堂」の住人でデザイナー・エンジニアとして活躍されている近藤さんに「ちっちゃい辻堂」での事例をお話いただきながら、ワクワクという文化を持続的に生み出すための視座について議論していきます。

▼ちっちゃい辻堂について

ちっちゃい辻堂は“ゆるやかに集まってつくる土と繋がった暮らし”がコンセプトの戸建て賃貸住宅です。

この対談企画を通して、WIthvacに取り組んできた自分なりの答えを導き出します。是非来場される皆さんと一緒に考えたいです。

また、WithvacもASIBA1期に続いてファイナルピッチ・ブース出展を行います!
今回僕はファイナルピッチには登壇しないのですが(代表・宮田さんが素晴らしいピッチをしてくれます)、ブース展示に向けて準備を進めており、1期よりもさらにパワーアップしていると思います。
当日会場では、Withvacのこれまでの取り組み、これからのビジョンを熱い思いで結集させたZINEを配布する予定です!

是非ASIBA FES 2024にお越しいただけると嬉しいです!

ASIBA FES2024 開催決定!

【ASIBA FES 2024】
「そのまなざしは『イマ』を超えるか」

昨年度開催風景

建築・都市領域から未来を描き出そうとする若者が集まるASIBA FES。目の前の現実に挑戦するASIBAメンバーのまなざしは、この世界をどのように捉え、どこへ向かいたいと願うのか。ASIBA2期に参加した19のプロジェクトがそれぞれの言葉で、モノで、体験で、その先に見出した社会の輪郭を共有します。世代を越えて、組織を越えて、「イマ」の社会を越えて、ともにまなざしの先へ。複数の未来が交錯する場で、お会いしましょう。

日時:7/6(土) 12:00-20:00 ※途中入退場可
場所:温故創新の森 NOVARE (https://maps.app.goo.gl/EwKcC26QUyZ7qLyx8)
内容:ブース展示、ワークショップ、ファイナルピッチ、若手対談、NOVAREツアー、他

▼参加申し込みはこちら


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