そこをひっくり返すと、全てがひっくり返る、多分
親との関係性が悪いと不幸になるとはよく聞くが、
最近、その理由が自分の中で腑に落ちた。
僕たちは幸せを願われて生まれてきているからだ。
お前達が嫌いだから、許せないから、
その願いを叶えてはやらない。
幸せにはなってあげない。
生まれてきたことを後悔して、
お前達が間違っていた事を証明してやる。
不幸を生み育てただけだ。
死ぬまで苦しんでやる。悲しんでやる。
それを見てお前も苦しめ。死ぬまで後悔しろ。
絶対に不幸になってやる。
自分の名前が嫌い。
自分の顔が嫌い。
外観はコンプレックスだらけだ。
遺伝的な病気もある。
お前のせいで、お前らのせいで。
…という潜在意識がきっと働いている。
個人差はあるだろうけど。
親子の関係って、その人の社会性の根幹部分だと思う。
けど、子ども側が幼い場合『どうしようもない』部分だったりする。
大人になった時に『もっとやりようがあったやろ』とか、『私はああならないでおこう』とか思ってしまう。
幼い自分にはどうしようもなかったから、辛い現状を親のせいにしてしまう。そのまま、他責思考のまま大人になってしまう。
不幸になっていく。それはまるで復讐するように。
だけど、今、三人の親になって思う。
恐らく、きっと、その時にそれが最善なのか分からないままに『他にやりようがあったかもしれない』と悔やみながら、『お前はこうなってくれるな』と願いながら、あの人たちは僕を幸せになるよう育てていたはずだ。
きっと、迷っていたはずだ。辛かったのは、助けてほしかったのは、僕だけじゃないはずだ。
そして、きっと、こう思っていたはずだ。
君のことが好きだから、愛しているから、
願いが叶ってほしい。
だから、幸せになってくれ。
生まれてきてくれた事に感謝している。
僕も間違いを犯してきたことは事実だ。
その間違いに僕は学び、君に育てられた。
死ぬまで応援してやる。
それを見て君も励め。死ぬまで励め。
絶対に幸せになってくれ。
君の幸せを願ってつけた名前だ。
この顔は僕に似たか、妻に似たか。
君だけの長所を愛するべきだ。
生きる意味をくれた。
君のおかげで、君たちのおかげで。
そして、僕は思った。
まだ間に合うのだ、と。