実家の湯沸かし器が壊れる その6
その1はこちら。
https://note.com/tomohasegawa/n/n59bcd0be61d7
その2はこちら。
https://note.com/tomohasegawa/n/naf5e44adc409
その3はこちら。
https://note.com/tomohasegawa/n/n1a4bac5b28fa
その4はこちら。
https://note.com/tomohasegawa/n/n9e0d4914b4b7
その5はこちら。
https://note.com/tomohasegawa/n/n42426e90bb66
10分位経っただろうか。ピーっと蒸気を使って鳴らす警告音が薬缶より聴こえてきた。沸騰したことを知らせてくれる古来からの便利な機能。しかし他の鍋にはそのようなテクノロジーはない。いちいち台所へ行って確認しなくてはならない。とにかく一番最初に沸いた薬缶を運ぶべくその取っ手を掴もうとする。あちち、熱いので雑巾を使って持ち、風呂場まで運ぶ。あらかじめバスタブには蛇口からのフレッシュな冷水が入っているが、前回その4で試した時よりもかなり少なめ、沸騰したお湯で浴槽にダメージが無いようにする程度、およそ1cm位の深さにしておいた。ダラダラダダララー。パスタブの底に熱湯が当たってそんな音がする。同時に湯気が僕の顔を吹き付ける。何度も繰り返せばフェイシャル・エステとして通用するかもな、と不気味に呟き苦笑い。
続いて台所に舞い戻り、最も大きめの鍋を二つの雑巾を使って掴み、再びお風呂場へ。一気にザザザーッ。薬缶の時よりも多めの蒸気が僕の顔を吹き付ける。フェイシャル・エステとして通用するかもな、と同じことを繰り返し言っても読者にはウケないぞ、等とは思わず、その鍋を床に置き、浴槽内に注いだ液体の温度を手で触って確認してみる。熱い!来た!僕は釣りが大好きな人がいつでも魚を家に持ってきてくれて、刺身にして僕に食べさせてくれるような方を友人として、晩年まで募集し続けるつもりだが、バスタブ内の液体に触れた際に感じた手応えは、そんな釣り師が高級魚をヒットさせた時に近いロマンがあった。
コンロの3つの口の内の一つは火力が弱く、3つ目が沸くまで少しタイムラグがあった。台所では別に水を入れて用意しておいた鍋二つをコンロ上に設置、一方注ぎ終えた薬缶と鍋には蛇口から水を再充填する。そして97度に設定しておいた電気ポット内のお湯も全部浴槽に注ぐ。これら複数のミニ・ミッションを全て終えると、ふうっと一息付いてみる。イケる。これを繰り返せば必ずお風呂ライフは戻ってくる。
夜8時半。3つ目をバスタブに注いで以来、計6回、台所とお風呂場を往復した。何度もお湯を沸騰させているから、室内が蒸気でとても暖かい。暖房も付けたままなので、もしかするとここは常磐ハワイアンセンターの如き活気を獲得しているのでは、とさえ思えた。実家のお風呂場がまるでスパのよう!ビフォー・アフターの加藤みどりの声が聴こえてきたわけではないが、母が54歳の若さでこの世を去った父との新婚旅行くらいは思い出してくれるのではないか。
そして母に、そろそろお風呂入る準備をして、と告げつつ、電気ポットのお湯をまた入れようとした。でも顔にかかる湯気で判断するに、ポット内のお湯に鋭い熱さをそれほど感じなかった。その時、もしかすると初めてポットのお湯を浴槽に注いだ際、入れる前と後で温度差が全くなかったのは、沸騰しきれていなかったのかもしれないな、と思った。やはり電気ポットはお風呂用には作られていないのだ。
夜8時50分。更に3回台所とお風呂場を往復。バスタブには足湯に毛が生えた程度の液体がある。しかし熱湯だ。ここでゆっくりと蛇口から水を出して、水が入った辺りから手を入れて少しずつ攪拌して、熱湯をいい湯だな、にするべく調節していく。浴槽はおよそ5分の2位のお湯がある。温度は母好みの40℃ではなかったかもしれない、それより少し熱かったかもしれない。でも少し高めにしておけば、入りながら母が自身で調節してくれれば良い。もし水を入れ過ぎて冷ましてしまったとしても、ガスコンロ上には熱湯が入った薬缶達が発進準備をほぼ終えている状態になっているから、彼らを使って水温を再度高くすることも可能だ。
「普段と変わらない感じよ」。母がお風呂場から反響混じりにそう言った。新婚旅行を思い出してはいないかもしれないが、マザーシップ・コネクション、否、お風呂ライフが我が家に戻ってきてくれたのではないか、ドクター・ファンケンスタイン気分な僕は、母がお風呂から出た後に引き続き湯船に入るべく、その準備を始めることにした。
続く
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