プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』を聴いて その6
プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』が到着して聴いてからのレビューを連載する。今回は6回目。
到着前に憶測レビューしたのはこちら(一部加筆訂正済)。
https://note.com/tomohasegawa/n/n6cebb33dfea0
Born 2 Dieのレビューはこちら。
https://note.com/tomohasegawa/n/nfae311749749
プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』を聴いて その1
https://note.com/tomohasegawa/n/n96facb6a5dc0
プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』を聴いて その2
https://note.com/tomohasegawa/n/n57705e9eb9e2
プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』を聴いて その3
https://note.com/tomohasegawa/n/n392ca4b547e9
プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』を聴いて その4
https://note.com/tomohasegawa/n/n834f996abc72
プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』を聴いて その5
https://note.com/tomohasegawa/n/n26ae1598f062
Same Page, Different Book (4:42)
『Welcome 2 America』を聴く前に予測して書いた僕のレビューと比較して変更がいくつかあった。まずタイトルが「Same Page Different Book」と","が無かったのが付いたこと、そしてモーリス・ヘイズが完全プロデュースではなく、やはりコ・プロデュースであったこと。よってモーリスが完全プロデューサーである理由をダラダラ書いていたけどそこは完全に無視して頂きたい。そしてちゃんと聴いていればわかることだったのだが、ホーン・セクションが入っていると書いていたのだけど、これは僕の完全な勘違いでホーンは入っていないし、NPGホーンズだっていない。時期的にもいるわけないのだから。お詫びして訂正したい。ただ既に曲がストリーミング済で、そのヴァージョンは全く一緒であったから、僕が書いた歌詞の訳には変更はない。
そして補足したいことがある。まず先にレビューしている「Check The Record」の最初のレコーディング時期が2010年3月10日で、この「Same Page, Different Book」はその翌日11日にペイズリーパークでレコーディングされていること。面子はプリンス、クリス・コールマン、タル・ウィルケンフェルドのトリオ、シェルビーらのコーラスが2010年3月から4月、モーリス・ヘイズのプロデューシングが2010年春と、イニシャルのレコーディングが一日違いである以外は同じ経緯となる。『Welcome 2 America』のアルバムで纏っていた黒人差別的ダークさが見られなかった「Check The Record」だったが、それでも録音時期、面子と『Welcome 2 America』のセッション上の曲となるし、「Same Page, Different Book」も同様『Welcome 2 America』のセッションでの曲であるともちろん言える。そして「Check The Record」、次にレビューする「When She Comes」はライブ演奏されているが、この「Same Page, Different Book」も実は披露されているのだ。しかし残念ながらそのパフォーマンスがどういうものだったか、その音源は残っていない(少なくとも2011年5月12日深夜ウエスト・ハリウッドのクラブ、トラヴァドール、そして2011年5月26日ウエスト・ハリウッドのハウス・オブ・ブルース、の計2回プレイされ、ウェルカム・2・アメリカ・ツアーの一環21ナイト・スタンドの範疇で行われたレア・ライブからの演奏となる)。
アルバム中シェルビーの最も好きな歌がこの曲だとThe Story Of Welcome 2 Americaのポッドキャスト等でも明かされている。では他の女性コーラスの二人はどうだったのか。そのインタビュー部分を載せておく。
シェルビー:リヴとエリッサが『Welcome 2 America』で好きな曲とその理由をそれぞれ聞きたいのよ。
エリッサ:「Same Page, Different Book」。
リヴ:「Same Page, Different Book」ね、確かに。
シェルビー:ファンキーよね?
アンドレア:プリンスの曲でラップをする際に前もってプリンスから警告を言われたりするんですか?
シェルビー:全くないです。ラップがここに欲しいなあ、ちょっと廊下で書いてくるか、ってプリンスが言うの。わかったわ、誰がするの?そんな感じで私達は従うわけ。私が私を信じる、それ以上にプリンスは私を信じさせてくれるのよ。そして私が出来ると思っていないことでも私が出来るように示してくれるの。彼は試しに見せて、とは言わないの。私が既にマイクで表現できるんだと。彼は私を信頼していたのよ。私のすることを愛してくれてた。パチン!オッケー!ラップするわよ、最高なのやるわ、って。
エリッサ:彼が黒のメルセデスSUVモデルで連れて行ってくれて、夜遅かったんだけど、車の中でノリノリだったわ。ドライブしながら「Same Page, Different Book」を聴いて。一本道を車で進んでて鹿を轢いてしまうのではと思った、だってとても暗くて、でもそのことを気にしないで運転してたから、ただノリノリで。その時これってラジオよね、本当に、って私はそう思った。プリンスがファンキーな気持ちに戻してくれたと本当に感じたわ。今までになかったクレイジーな感覚、でも最もクレイジーな感覚、それが正しいことだったって思いたい。
「Same Page, Different Book」のラップはシェルビーであるが、プリンスが即興で書いて、その場でシェルビーにやらせる、そういう流れだったと推察される。
またシェルビー達がプリンスの指示があるまで待機していたホテルについてのシェルビーの発言も掲載しておく。
アンドレア:シェルビー、このリリースは特にクールだと思うんです。プリンスのヴォルトからリリースされた完全未発表のアルバムですから。これらの曲を2010年春と秋にレコーディングし、その頃は彼はアルバム『20Ten』をヨーロッパでフリーで世に出していた頃です。ウェルカム・2・アメリカ・ツアーで回っている間も、同じタイトルであるこのアルバムはヴォルトに眠ったままでした。それから11年後に再びこの作品を聴いて何を思いましたか?
シェルビー:それはタイムカプセルのようね。10年か11年前にレコーディングをし、初めて聴いて、時を戻された気分、特別なあのの頃の日々でした事を思い出すわ。私達の食事、会話、記憶が呼び起こされるのよ。
アンドレア:始めるために、最初に戻りこれらの曲がどのように形成されたのかについて話すべきじゃないかと。沢山の話を集めて全てが一つに集約されると思うんです。ミネソタ州シャンハッセンの郊外のホテル、ペイズリーパークからの通りを降りて行った所の...
シェルビー:ええ、ザ・カントリー・イン・アンド・スイーツね。ホームから離れた場所にある私達の別のホームよ。私達は基本的にはそこに住んでいた。それは私達の寮のようなものね。プリンスとレコーディングをする人、皆、バンド全体、スタッフ、お店の人も、20から30の部屋を一度に借りて。本当にホームから離れた別のホームよ。ミネアポリス、ペイズリーパークに行く時、私はいつもそこに泊まりたいと思っていたわ、だってホームなんですから。
尚タルがベース・ソロを弾いているが、その時のコメントも併せて載せる。
タル:「Same Page, Different Book」で、プリンスは私にベース・フィル(おかず)と指示するんですが、それがいつ言われるのかわからなかったし、曲中に4回指示があって、お、ここのなのねと入れて、曲の中でいつそう言われるのかわからずベースのソロを入れていました。
最後にアルバム聴く前に予測して書いたレビュー時に気が付かなかったこと。こんなにファンキーでダンスフロアでかけたらノリノリになるクレイジー曲だったのかということだ。やはりしっかりリマスタリングされたサウンドは違うなと。カッティングとベースのグルーブの合間を、金属質だったり、ぐしゃっと潰したり、スナック菓子を咀嚼したり、そんな謎のヘンテコ効果音がくんずほぐれつ耳へシャープに飛び込んでくる。キャメオ辺りが披露しそうなファンクだし、アルバム『20Ten』にあるスリリングなマナーも感じさせる。シェルビーらがこぞって大好きだという曲と言うから、改めて聴いたらやっぱり本当だった。今度DJする時に流したいと思う1曲となった。
When She Comes (4:46)
ピアノ主体のロマンチックなヴァージョンではないかなと、アルバムが到着する前に憶測で書いたレビューでそう予想したがほぼ正解だった。プリンス、クリス、タルのトリオによるレコーディングで、プリンスはピアノ、ギターのどちらかを後入れしている。モーリス・ヘイズは関わっておらず、コ・プロデュースもしていない。聴くとスライの「Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be)」のワルツ感を思わせる。『Hitnrun Phase Two』のヴァージョンのがそちらに寄っているが、『Welcome 2 America』のヴァージョンは曲の持つ魅力を剥き出しにしたかの如くシンプルで、寧ろスライのエレビやラリー・グラハムのベースのトーンの方が新しく感じてしまえる程に超オールド・スクールである。もしくは60年代にふと編み出してしまった別方向のジャズというか。だからと言って時空間を歪めるような奇抜なサウンドでは全くなく、タルとクリスのブレのないリズムとプリンスのギターとピアノの掛け合い、それらだけで作られた心打つバラードだ。コ・プロデュースしたモーリス・ヘイズは、プリンスが作った『Welcome 2 America』に収録させる楽曲の内、手を加えずそのままにした方が良いと判断したものもあったそうだが、この「When She Comes」についてはそのプリンスのオールド・スクールさを好んだものの、別のアプローチを勧めたそうである。その結果がよりスライの「Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be)」に寄っている2014年秋に録音されたと思われる『Hitnrun Phase Two』のヴァージョンとなるのだが、バンド・メンバーも異なり(ドラムがジョン・ブラックウェル、アンドリュー・ガウチェがベース、そしてNPGホーンズ)再録音である。実際曲の頭のドラムからしてそれぞれで質感が異なっている。そして歌詞もまた異なっている。その歌詞が異なることでメロディも構成もまたかなり違ってくる。別ヴァージョンというより、別次元でそれぞれ作られた同じ曲という感じだ。
『Hitnrun Phase Two』のヴァージョンは“彼女がやってくるのは、いつも思ってもいない時、でもとてもウエルカムなサプライズなんだ、無防備な時にはドッキリしてしまうんだけど、彼女はそんなこと気にしない”とcomeを文字通り“来る”と訳させるものが比較的多い。しかし『Welcome 2 America』のヴァージョンでは“彼女がイク時、決して目を閉じないんだ、絶対に。流れ星を見ることが出来るようにって、彼女の空だけに現れる、空一杯の星々”。そして“彼女がイク時、決して笑わないんだ、絶対に。凄く自由なんだね、そして時々泣くこともある。理由は聞かないで。僕は君をくるっと好転させたい。その音を聴きたい。どの音かわかるよね。くるくる回る竜巻のような、上下運動、タッチダウン”。とcomeをエクスタシーとして終始使っていてエロい。そしてインタールードでは“どこにいるの?孤独、ぐるぐると”と寂しく彷徨っているプリンスがいたりする。“彼女がイク時、色々考えているんだよ、最大限に。彼女のやり方って匂いが一切ないんだ、完璧さ。言っている意味わかるよね?ルードだって思っている人もいるかもしれない。でもヌードの時が一番リラックスできるんだ。僕は最初彼女をプルード(淑女気取り)だと思ってた。でも今彼女は徹頭徹尾僕が、毎日毎夜星屑を振らせたい、そんな人なんだ。だって彼女がイク時って、いつも...”。プリンスが好きな女性のタイプは自由で聡明、そしてその自由を束縛せずプロデュースしたい、ということか。
ここでThe Story Of Welcome 2 Americaのポッドキャストでのエリッサとシェルビーのコメントを載せておく。
エリッサ:彼は「When She Comes」は流さなかったわよね、それを歌うことも許してもらえなかった。
シェルビー:他の全ては歌ったのに、それだけはダメだったわね。駄目だ、それは僕のだ、って。それがプリンス、毎日のプリンス、少しずつ自身を成長させていく、おお、プリンス!!って私言ってたわ。
アンディ・アローがいたウエスト・ハリウッド、トラバドールでの11年5月11日ファースト・ショウで初披露された演奏は、歌詞が『Welcome 2 America』のヴァージョンとも異なり、錯綜、というか即興で歌詞を作っているのかもしれない、と思わせる節がある。“彼女がイク時、決して目を閉じないんだ”のフレーズが結構繰り返されているのと、“彼女は何で泣くんだろう、僕があまりにもセクシーだからかな。僕は一人で眠ることが出来ないんだ”や“彼女は行きたい所どこへでも飛んでいく、彼女は去っていく”等ここでしか登場しない歌詞が含まれている。僕はこの曲のSheをアンディではないか、と思っていたが、その歌詞からはあまりアンディを想起させない。違うのかなあ。
ピアノ&ア・マイクロフォーン・ツアー中の16年2月21日のシドニー公演、そのセカンド・ショウでも「When She Comes」は披露されている。バッキングはもちろんピアノ一本でとても味わい深い演奏だ。歌詞が『Hitnrun Phase Two』、メロディが『Hitnrun Phase Two』のヴァージョン的であるが、崩して歌っているため『Welcome 2 America』ヴァージョンにもない別の雰囲気を纏っている。もしかするとプリンスは更に「When She Comes」を進化させようとしていたのかもしれない。そうなるとペイズリー・パークで発見された『Live Band Trax』と記載されているCDに収録のヴァージョンは聴いたことのない別の「When She Comes」が入っているのかも。プリンスの女性の趣味が変わると曲も変わっていく、とか。アンディ・アローをプリンスはかなり好きだったと思っているが、僕はピアノ&ア・マイクロフォーン・ツアーのヴァージョンが最もアンディ・アローへの愛着を感じさせる。アンディ今どうしているかなあ、そんなことを思いながらプレイしていたのかもしれない。違うかなあ。冒頭で「When She Comes」は予想通りと書いたけど、実際は聴けば聴くほど、調べれば調べるほどわからなくなる。一つ言えるのは『Welcome 2 America』のヴァージョンにはアンディへの恋慕は歌っておらず、別の女性への歌であろう、ということくらい。
その7に続く
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