Welcome 2 Americaについて、2021/4/21現時点でわかっていること。
Welcome 2 Americaについて、2021/4/21現時点でわかっていること。
その1 Welcome 2 Americaが未発表であった理由。
2021年7月30日にリリースされるプリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』。亡くなってからは初めてのプリンスによる完全未発表フル・スタジオ・アルバムとなる。レコーディングは2010年の間に行われ、2011年のリリースを考えていたようだ。2010年に発表されたアルバム『20Ten』、そしてそのツアーがその年の7月、ヨーロッパより行われ、10月にはプリンス・ライブ2010と名前が変わり11月まで、続くアメリカで12月からのWelcome 2 Americaツアー、それは2011年5月末まで行われたが、その時期にアルバムがリリースされることはなかった。その理由は不明だが、リリース形態を模索していたことでタイミングを逸してしまったのではないか、と僕は思っている。ワーナー・ミュージックとの確執以降、プリンスはレコード業界と戦い続け、そして彼が亡くなるまで不正ダウンロード、コピーの問題に悩まされ続けた。プリンスは、どのようにして正当なやり方で自身の音楽を提供することが出来るかをずっと考えていたのだ。『20Ten』はイギリスの新聞デイリー・ミラーやドイツの雑誌ローリング・ストーン等にオマケとして付けられる形で配給され、レコード会社との契約は無かった(2010年6月22日にワーナーの重鎮と会うといったビジネス的折衝はあった。またプリンスは『20Ten』はYouTube等インターネットでダウンロード出来ないようにする、と言っており、実際当時ネットの監視を強めてそのような音源は直ぐに削除していた)。「Rich Friends」が2010年8月9日にフランスのラジオ局Europe 1で新曲として流された際に、プリンスのニューアルバムとしてその曲を含む『20Ten Deluxe』がリリース予定、と告知されていたが世に出ていない。プリンスは出来ることならレコード会社としっかりとした契約を結び、『20Ten Deluxe』や『Welcome 2 America』をフィジカルできちんと配給して欲しかったのではないか。半ば手売りのような形のNPGレーベルや、NPG Music Clubのようなファン・サイトからのダウンロード販売、これらはプリンスが考え出した革新的なセールス手段ではあったものの、大手のレコード会社の販路はやはり必要、と考えていたはずだ。11年4月13日に放送されたロペス・トゥナイトで、1000曲以上の未発表曲、今も尚曲を作り続けていますねと言われたプリンスは、“最近はリハビリ状態で、曲作りを休憩してどうなっていくのか状況を見ている”と答えている。
その2 アルバムWelcome 2 Americaについて
現時点でわかっていることは、まずアルバムが作られた時期。公式発表によれば2010年春。しかしアルバムのリリースを考慮した11年、その頃までに緊急に作られた曲や、2010年より前に作られた曲も収録されている可能性はある。少なくとも「Hot Summer」と「Stand Up And B Strong」はその2010年春に作られているとされている。つまりアルバム『20Ten』のリリース前だ。そしてコ・プロデューサーとしてミスター・ヘイズの名があるのは大変興味深い。プリンスは音楽作りを一人で行う、それが基本姿勢だ。変名で他人に提供する際にもその姿勢は貫く。その一方バンド、共作者との連名等はある。しかし自身のアルバムのプロデュースを他人に助けてもらう形、それはワーナーと復縁してのリリース『Art Official Age』でのジョン・ウェルトンのコ・プロデュースまでなかった(改名後の発音不可能なプリンスをプリンス自身がプロデュースという変則パターンはあったが)。CBSの60Minutes、そこでペイズリーパーク、スタジオBでインタビューを受けたモーリス・ヘイズは、プリンスより“ここにレコードがある、君にプロデュースを必要以上に行って欲しいんだ、でも僕が気に入らない所があればどんなものでも抜いてしまうけど”と頼まれたと発言している。またプリンスが『Welcome 2 America』のリリースしない理由について、“まあ、その時期が来たらまた手を加えることになるだろうなあ”と呑気に言っていたそうで、プリンス的には完成しているアルバムではないということになろう。そして“プリンスはその時次のプロジェクトを行っていたんだ”とモーリスは言っている。そのプロジェクトは何であるかは不明だ(尚2010年7月のベルギーの新聞Het Nieubladで、プリンスは『20Ten』の他3枚余計アルバムを作っている、音楽が溢れ出しているから整理しなくてはならない、と語っている)。
その3 Welcome 2 Americaに関連する楽曲、アルバムについて
アルバム収録曲を見ていく前に、関連がありそうな2曲を説明しておきたい。まずWelcome 2 Americaツアー初日に披露され、15年アルバム『Hitnrun Phase Two』に収録されている「Black Muse」。『Welcome 2 America』の候補曲だと思われていたが入っていなかった。ヴォルトで発掘したテープから推測して、2010年1月にペイズリーパークでレコーディング、その時未発表曲「Go-Getter」も作られた。そして更に2010年3月19日に「Black Muse Instr.」と題された曲をレコーディング。この時そのテープに「Stand Up And B Strong」のレコーディング曲も入れられている。そして少し日が経って2010年10月10日に「1,000 Light Years From Here」そして未完成の曲とされる「Wud」と共に「Black Muse」がテープに収録されていた。『Hitnrun Phase Two』の「Black Muse」7:21にクレジットはないが、最後の3:05の部分は「1,000 Light Years From Here」が歌われている(後述)。しかしここでは「Black Muse」と「1,000 Light Years From Here」がそれぞれ別れて収録されていると思われる。
もう1曲は「Cause And Effect」。2010年2月26日ミネソタ州の公共ラジオ局89.3 The Currentのインターネット・サイト上、そしてスティーブ・シールとジル・ライリーの朝のショウ、そして当時のプリンスのウェッブLotusflow3r.comで公開された。2013年のミネアポリスにあるダコタ・ジャズ・クラブ&レストランでのギグで披露されて以来、コンサートでしばしばプレイされているが、どのプリンスのアルバムにも収録されていない。曲の歌詞で『20Ten』に収録の「Laydown」、「Beginning Endlessly」、「Compassion」、「Future Soul Song」の曲名が登場することから、『20Ten Deluxe Edition』に収録予定としていた可能性はある。そしてクリス・コールマンのドラムが初めて登場した曲だ。ベースはラリー・グラハム。後は全てプリンスの演奏だと思われる。2010年1月27日録音場所はいつものペイズリーパーク。冒頭に“I am here, where are U?”と叫ぶプリンスがいるが、これは2009年7月18日モントルー・ジャズ・フェスティバルでの「When Eye Lay My Hands On U」の演奏前の言葉からサンプリングされたものだ。
2011年に企画されていた『Welcome 2 America』よりやや先んじた2010年後半のエディション『20Ten Deluxe』は仕様はおろか収録曲さえ判明していないが、そのマスターは作られていたのではないだろうか。『Rave Un2 The Joy Fantastic』のリミックス・アルバム『Rave In2 The Joy Fantastic』のように、『20Ten』収録のリミックスやエクステンデット・ヴァージョン(もしかすると全く同じヴァージョン、もしくはエディット、更に曲間にインタールードを入れたりしていたかもしれない)の他、「Rich Friends」や「Cause And Effect」、更に「Welcome 2 America」、「Hot Summer」といった当時の新曲を収録していたと思われる。タイトルから2011年になってしまっているのにリリースすると旬を過ぎたイメージとなるが、もし2010年後半にしっかりとフィジカルのリリースがレコード会社の配給により出来ていたとしたら、『Welcome 2 America』のアルバムが作られることはなかったかもしれない。『Welcome 2 America』収録曲が先に登場してしまっていると思われるからだ。他にも色々プロジェクトを進行させていたはずのプリンス、このように流動的に彼のアルバムは変化、進化していくのである。
その5 Welcome 2 Americaに収録された曲について
Welcome 2 America (5:23)
2010年3月15日ペイズリーパークでレコーディング。この時「Yes」、そしてそのオルタネイト・ヴァージョンだと推測される「Yes (LP)」そして「Dance 2 The Higher」も作られている。21年4月8日、アルバム『Welcome 2 America』がリリースされると発表された際にタイトル曲でオープニングに収録されるこの曲のフルレングス5:23のヴァージョンがYouTube等で聴くことが出来るようになった。
時を刻んでいるかの如きクラッピング、起伏をそれほど感じさせないものの重さがあるベース・ライン、そしてアンビエントに震わせるキーボード音。ニューヨーク辺りを舞台にした映画のオープニング・シーンを喚起させる。これから如何なる物語が展開していくのか。シンプルなサウンドの奥深くで妙にベースが心に刺さってくるのだ、グルーブというよりは音そのものがハートへ直に響く。タル・ウィルケンフェルドによるベースであった(彼女自身がSpotifyでTal's Bassという名のソングリストにこの曲を入れている)。そしてキーボードはモーリス・ヘイズ。パーカッションもモーリスによるもの。ドラムはクリス・コールマンで、この辺りの役割分担はどうなっているのか、正直クリスのドラムは目立っていない。そしてエリッサ・フィオリオ、シェルビー・J、リヴ・ウォーフィールドら女性コーラス達が曲のタイトル名を唱える。一方歌い出すでもなくプリンスは“アメリカ合衆国にようこそ、仕事に失敗できる国、解雇そして再雇用できる国、そして7億ドルのチップを手に入れられる国”と讃えつつも元気無さそうに呟く。そこへ女性コーラスが“アメリカでは行儀よく座ってポケットに一杯入れておけばいいのよ”と甘美な勧誘電話の如く歌えば、プリンスは“マスメディア、情報過多なんだよ”と、そのくせ必要なことは手に入れ難い国だと裏事情を仄めかす。“iPhoneで気を紛らわし、シチュエーション調整のためにアプリケーションをゲット、かわいい顔に騙されるぞ”とプリンスが警告すると、女性コーラスが“誰かがあなたを監視しているの”とバックに怖い人がいることをサラリと暴露。“iPadでまた会おう、もしよかったら僕だけの場所で二人会うことも出来るんだから”。そうか、ファンにウェルカムなペイズリー・パークもアメリカにあるんだ、とプリンスから改めて教えてもらう。静謐なラップのせいか周りで鳴っているサウンドがとてもクリアに響く。万華鏡のようなギターのカッティングが入ってすわファンクネスさが顔を出すと、いよいよメロディのあるコーラスが登場した。“アメリカへようこそ、ビッグなショウが行われる国、そこで皆探し物をしている、どこにも行く場所がなかったら、アメリカが待っている、アメリカの中身を除けば、私が知る唯一の場所、変容がその深部で起こるのよ、本当、それとも嘘?本当よ”。どうやらこれがこの曲のサビとなるので、シェルビー達は真実を歌ってくれているのだと慮る。プリンスは“ジャズは最も偉大なアメリカの輸出品さ”と洒落たことを言いつつ、ジャズ・ピアノがフィーチャーされ、スキャットが入って音楽進行に変化が。“君たちは今の音楽が永遠に続く、そう思っているね”。でもプリンスは音楽がどうなると思っているのかはラップしてはくれない。永遠に残る音楽を作ってくれているプリンスなのに。“独占権を剥奪せよ”とナレーションが飛び込む。“グーグルがヒップだと教えるその全て、でも中身はない”。少し前にプリンスがそう呟いているのだが、インターネットよりリアルな出会いこそが重要なのだ、と教えてくれているのかもしれない。コンサートに行けよ、と。でもここ最近はそれとは真逆になってしまっているんだ、プリンス。徐々にファンクさが増し始め、聴き手の体を動かさせはするものの、また静かさへと向かっていくバッキング。まるで予想不可能のミュージカルだ。“希望と変化。万物は永遠だが真実は今や少数派となった”。“自由の国、勇敢なアメリカ、でも僕にしてみれば、勇敢braveじゃなくて奴隷slaveだな、跪け!Hit me!”。最後の1分強は真骨頂のファンクが展開される。プリンスのプリチャー振りに暫く付き合ったハンマー、そのご褒美である。それでもダンスは長くは続かない。
ここで2010年6月27日にLAのThe Shirne AuditoriumでのBET Awards 10、ここで Lifetime Achievement Award(生涯功労賞)をプリンスは受賞しているのだが、その時のスピーチを抄訳する。
プリンスによるエホバへの感謝の言葉の後は“スピーチ出来ないほどだ”、“皆さん座って、スピーチは直ぐ終わらせるので”と落ち着くように言い聞かせる。“沢山の人に感謝したいのですが、終わって間もないので整理が付かなくて、でも僕が言いたいことは、僕らの未来は良いものになるだろう、ということです、バックステージでもホテルでも沢山の才能に僕は出会いましたし、このような音楽の世界の一部としていられることを嬉しく思いました。僕は若い頃はかなりワイルドだったんですが、あなた達はそんな風にならなくていいんですよ。未来の世界はあなた達のものです。アメリカは良くなっている、僕らはそう感じることが出来ます、あなた達はこれからの世界をコントロール出来るはず、ジャネール・モネイ、アリシア・キーズ、エスペランザ・スポルディング、パティ・ラベル、全ての素晴らしいプレイヤー達に感謝の意を表します、そしてBETのスティーブン・ヒル代表にも、ありがとう”。
Running Game (Son Of A Slave Master) (4:05)
ペイズリー・パークのヴォルト内の撮影の際、曲名だけだが、レコーディングしたと思われる日付がわかっているものがある。「When She Comes」そして「Born 2 Die」と共にこの曲が10年3月12日に作られていると思われる。その際に記載されていたこの曲のタイトルは「Son Of A Slave Master」だった。
Born 2 Die (5:03)
「Running Game (Son Of A Slave Master)」そして「When She Comes」と共に10年3月12日ペイズリーパークでレコーディングされたと思われる。60minutesでこの曲を少し流している。カーティス・メイフィールド的ニューソウル風サウンド、そして同様彼を彷彿とさせるファルセットをプリンスは聴かせてくれるが、何層か重ねてシルキーさが増した歌声となっている。バラードではないのにとても美しい曲となっていそうで、個人的にはかなりその出来に期待しているナンバーだ。レイシャル・イコーリティを歌っていると思われ、シェルビーが“黒人として生まれたプリンスだからこそ、その事を書いたり歌ったり出来たのよ。今発表するのは、正に時代に乗っている、良い時期なのよ”と語っている。「Livin' 2 Die」という曲が95年夏に作られているが、それとは別のもの。
1,000 Light Years From Here (5:46)
2010年3月11日ペイズリー・パークでのレコーディング、同日に「Same Page Different Book」も作られている。更に3月19日には「Black Muse」、そして「Wud」と一緒に再レコーディングしている(10月10日との記載もあり、2回行われたとは思えないので、どちらかが正しいのだろう)。『Hitn Run Phase Two』に収録の「Black Muse」の最後3:05でこの曲が歌われている。メドレーのように繋がってはいるものの、ホーンやキーボードのフレーズが継続しているため「Black Muse」に組み込まれる形となっており、クレジットされていない理由はそこにあるのだろう。よって『Welcome 2 America』に収録されたものは全く異なる曲調になっている可能性は高い。3月19日のレコーディングで(そして10月10日)「Black Muse」と「1,000 Light Years From Here」は別れてレコーディングされた形になっている。しかし10月10日以降「Black Muse」のレコーディングは確認できない。また『Hitn Run Phase Two』のヴァージョンでアンディ・アローがバック・コーラスで参加しているとされている。よってそのアルバムのコンパイル前に「1,000 Light Years From Here」が組み込まれた「Black Muse」が完成していることになる。また3月19日には「Black Muse Instr.」がレコーディングされている。その時期にそのインストに「1,000 Light Years From Here」の歌をプリンスが入れ、その後2011年5月にアンディがプリンスのバンドに加わる前後彼女達がコーラスを加えたのかもしれない。
尚「Black Muse」の歌詞は『HitnRun Phase Two』のブックレットには記載されていない。よって池城美菜子さんの歌詞の訳は日本盤にはない。「1,000 Light Years From Here」の部分を抄訳してみる。
“君に興味があるんだ、僕が言うべき時間が来たと思ってね、僕がこの曲を書いた理由。UFOを目撃した時のように、僕の心を通して書いたんだ、次の接近遭遇、上陸するか、水の近くにでも着陸しようか。太陽か黒い月の娘をプロデュースしたりして。それか僕らの涙で枕をビショビショにしちゃおうかな。ここから1,000光年の彼方。昨日も明日もない。悲しみを救ってくれる救済方法もない。永遠に行われることになる5回目の催しは君を泣かせることになるだろう。どうしてなのか僕にはわからない。二つの壊れていないサークルが一緒になって蝶々になる。可愛い君よ、どうしてトライしないんだ?僕を探求することより良いことなんてないんだよ。そして君を見ることより良いこともね。鏡の中にある君を見るんだ”。
J・エドワード・ニールの著書『Dark Moon Daughter』に似たBlack Moon Daughterという言葉が出てくる。2014年4月14日が初版発行とあるので、もしプリンスがその本をもじっているのなら、「1,000 Light Years From Here」を組み込んだ「Black Muse」はそれ以降、つまり『Hitn Run Phase Two』のコンパイル辺りに作られた可能性がより高くなる。
Hot Summer (3:32)
プリンスの52歳の誕生日にラジオ局89.3 The Currentのサイトで公開された。曲のレングスがほぼ同じなので、アルバム・ヴァージョンと一緒であろう。2010年春頃のレコーディングだとわかっているが正確な日付は不明。
クリス・コールマンがドラム。パワフルで柔軟、とても響く艶のあるドラミング。ジャズからポップまで幅広く対応出来る。Drummer's Collective (USのドラム専門学校)卒業後、バンドに所属せずソロドラマーとして、チャカ・カーン、リー・リトナー、シーラ・E等とプレイした。特にフレーズにメロディックさがあってとてもファンキーなこの映像は必見。
https://www.drummerworld.com/Videos/chriscolemandrumandbassdvd.html
タル・ウィルケンフェルドがベース。14歳よりギターしかし17歳の時ベーシストに転向。2007年、20歳の時にレコーディングした曲を集めたアルバム『Transformation』をインディペンデントでリリース。そしてジェフ・ベックのバンドのベーシストとなる。2010年にハービー・ハンコックのツアーに同行するが足を負傷、離脱するもその後プリンスのセッションに参加している。
尚プリンスは2009年タルに、バンドにドラマーが必要だから手配してくれないかと依頼し、彼女はドラマーのオーディションを行い、クリス・コールマンを選んだ。またタルによれば、プリンスとは幾つかのアルバムを一緒に作った、と言っている。
女性の声で糞あちぃーな!的にハッサマーイエー!と嗄れたシャウトはリヴだとされているが、タルに言わせたかったな、と個人的には思う。ザ・タイムのShake!に似たキーボードが快活で、とてもポップな曲。オープンカーで海に向かう時にふとラジオから流れてきたらズバリだろう。ジャズ寄りではなくロック寄りで、卓越したセンスのクリスとタルとのバンド・サウンドがここではどこか初期のザ・ポリスを思い出させる。“君が僕の仲間である限り、暑い夏が続くよ”とプリンスが歌っているが、タル、そして遅れてクリス、二人がプリンスのバンドに加わったことをプリンスが認めた、その証の歌のように聴こえてくる。“人生はいつもミステリー、でもなるようになるものさ、君が思うこと見るものでどうにでもなる、君ならどうだろうな、僕のことならわかるけど”この辺りもプリンス・キャンプに入った二人に対する、音楽に対する心得のよう。“フューチャリスティックなサウンドで踊る、集まってきた人達は先生だったりピエロだったり。皆ハグして讃える価値がある”。音楽を楽しむ人は誰も皆素晴らしい、ということ。プリンス学校万歳。
Stand Up And Be Strong (5:18)
06年ソウル・アサイラムの『The Silver Lining』に収録されている「Stand Up And Be Strong」。アルバム冒頭に収録されシングル曲、そして06年から07年のABCとESPNがカレッジ・フットボール用楽曲として選んでいる。プリンスはその曲をどのようにカバーしているのだろう。雑誌エボニーの2010年の7月のプリンスのインタビューで、この曲をエボニーのスタッフのために演奏したと言っている。音楽の良さに人種は関係ない、ということか。“膝が弱くなって心が寒々しくなっても君から何も奪うことは出来ない、君は間違っていない、戦う時もある、泣く時もある、意思に反してスリルを無くしてしまったら、立ち上がれそして強くなれ”。歌詞中で気になるのは“もし君がヒルズ(hills)に住むようになるとピルズ(薬)を沢山服用するようになる”の箇所。プリンスの死とはもちろん繋がらないが、こういうフレーズがあると色々因果関係があるのではと言い出してくる人がいて心配ではある。2010年3月19日に「Black Muse Instr.」と共に録音。ドラムはマイケルB、バックボーカルにエリッサ・ディーズ。尚フットボールということで、この曲「Purple And Gold」が『20Ten』や『Welcome 2 America』制作時期にプリンスより作られていたのを思い出す。「Purple And Gold」はアメフト、ミネソタ・ヴァイキングの応援歌で、プリンスがNFCのプレイオフを観戦、その直後の2010年1月17日に作った。スタジアム・アンセム、クイーンの「We Are The Champion」のような曲を作ろうとしていたのだ。
Check The Record (3:28)
2013年1月18日ミネアポリスにあるダコタ・ジャズ・クラブで一度だけ演奏された曲。2010年3月10日に「Record」というタイトルでペイズリー・パークで録音されていると思われる。その曲が録音されているテープには「The Record track 1 take 2」そして「The Record track 2 take 1」と書かれている。また「Black Muse」、「1,000 Light Years From Here」もそのテープに入っていた。“レコードをチェックしよう、何を言っているのか知ってみよう、僕のベッドにいる君のガールフレンドのようだよ"。サード・アイ・ガールのメンバーとライブでプリンスはプレイしており、それはギターが前面に出たハードなロック曲となっていた。イーダ・ニールセンのベースがグルービーで、彼女のチョッパー奏法を交えたソロがフィチャーされ、そこからドナ・グランティスだと思われるギター・ソロへとスイッチする。3:05位の演奏である。一方60 Minutesでモーリス・ヘイズが少しだけ聴かせてくれるスタジオ・ヴァージョンはベースがグルーブするファンクで、ロックなギターは聴けなかった。
Same Page Different Book (4:41)
3rd Eye Girl YouTubeチャンネルで2013年1月6日に公開されている。2010年3月11日のペイズリー・パークでのレコーディングが確認され、 「1,000 Light Years From Here」(その時の記載は「...From Here」とあった)と一緒に作られたと思われる。この曲のプロデュースはモーリス・ヘイズ。『Welcome 2 America』で彼はコ・プロデューサーとなっているが、完全にプロデュースをしている、その表記の理由はなんだろうか。オーヴァー・プロデュースをするよう言われたヘイズが、この曲だけプリンスが何もせずにゴーサインを出したのだろうか。ゴーゴー風のドラミング、スクラッチ、跳ねるカッティングとベースのアンサンブル、そのサウンドは取っ付き易く、踊りだしたくなる程。プリンスがホーン以外の楽器の全てを担当、シェルビー、リヴ、エリッサ、そしてマイケルBネルソンらNPGホーンズ。少なくとも聴く限りはプリンス印のサウンドそのものだ。ミスターヘイズがプロデューサーである、その理由は歌詞の内容にあるのでは。Same Page Different Book同じページだけど異なる本、ということだが、本が違えばいくら同じページを開いても見当違いとなってしまう、素晴らしいものだと思えるものが、実はどこかに間違いがあるかもしれない、そう感じはするのだけど、実際それが何だかは上手く指摘できない、そんなモヤモヤした気持ちを指す。“見たらありふれたものとなる、どんな名前を僕らが付けようが、神は一つだけ、問題はそれで戦争になってしまうことだ、僕らは何のために戦っているんだろう?”。同じ神をSame Page、異なる教えをDifferent Book、となるのではと筆者は解釈する。“新入りがベッド・メイキング、奴らの頭の上にやっと石が落ちてくれたよ、ミサイルが貧困街に向かって飛んで行く、自動車爆弾が引き金、誰にとっても良いことにはならない"。爆弾テロを想起させる歌詞だ。“聖書の章と節、どちらが一番?確実な根拠は?奴らが財布を盗んでいる時にはゆっくり考慮して、信仰、愛、善行、説教の実践、君と僕との間、テレビはリアリティがないよ、そりゃ正しい、そう言ったよね、言われたね、これ買いな、あれを見よ、君の頭上にある、24時間流れているニュース、そっちなら正しくないよ、おめでたい奴らが君に真夜中の白昼夢をプレゼントだ”。Chapter And Verse、確実な根拠、そして聖書の章と節と、大きく分けて二つの意味があり、タイトルのSame Page Different BookのBookが聖書としても機能していることがわかる。また「Chapter & Verse」という曲が2013年1月17日ダコタ・ジャズ・クラブでのセカンド・ショウで披露されている。ファンク・ジャムでかなり即興的。そのスタジオ・ヴァージョンの存在の有無は不明だ。「Same Page Different Book」がなんとなく嫌な予感、とするなら「Chapter & Verse」はその根拠、と対比する曲ではないだろうか。“『ガラテヤの信徒への手紙』の3章に法は死と同じく尊い、とある、人生において信仰を持つこと、キリストの死と再生、もし正しい信仰を選び、それが機能すれば、魂の救済を僕らに与えてくれる、でも君たちが孤独(alone)で、石(stone)を投げていては駄目だけれども、失ってしまう者は誰だ?”正しい信仰を推奨するプリンス、しかし曲の最後でプリンスはこうも言っている“世界の終わりが来るまで落ち着いている方が身のためだよ”。モーリス・ヘイズはこの歌詞の内容を理解し、実践している、そのご褒美として、(完全な)プロデューサーとしてプリンスに認められたのではないか。尚60Minutesでシェルビーが好きな曲としてこの曲を歌っている。その時ヘイズも体を動かしノリノリになっている。
When She Comes (4:46)
『Hitn Run Phase Two』に収録されているが、その最初のレコーディングは2010年3月12日ペイズリー・パークだとされている。その日に「Born 2 Die」、「Running Game (Son Of A Slave Master」も作られたとされる。この時のセッションがアルバム『Welcome 2 America』へとなっていくその切っ掛け、という考え方も出来る。その後2014年の秋に更にサウンドを加えて『Hitn Run Phase Two』のヴァージョンとなった。尚プリンスの死後、ペイズリー・パークで発見された『Live Band Trax』と記載されているCDがあり、その3曲目にこの曲が収録されている。他に「Ain't Gonna Miss U When U're Gone」、「Screwdriver」、「Shade Of Umber」、「Boyfriend」、「The Secret Text」。 最後の「The Secret Text」以外は既に世に出てているが、これらの曲のレコーディング時期は2012年から2013年初期と思われる。ここに収録のヴァージョンがもしかすると『Welcome 2 America』のと同じなのではないか。そのCDはバンドのメンバーに聴かせるために作られたと思われるが、時期的にサードアイガール、もしくは13年の新しいNPGのメンバー用だと思われる。ひょっとしたらバンドによる演奏のアルバムを作ろうとしていた、とか。尚「When She Comes」はバンド演奏されている。Welcome 2 Americaツアー中の21ナイト・スタンド、その間で突発的に告知され行われたウエスト・ハリウッド、トラバドールでの11年5月11日ファースト・ショウにおいてである。キーボードが薄くかかるが、恐らくプリンスによるジャジーなピアノと極めてシンプルな構成、プリンスがファルセットでメロディを歌い、または地声で観客に問いかける。マイク・フィリップスのサックスもフィーチャーされている。前半では判別が難しかったが後半7分過ぎからプリンスは多少崩しつつもメロディを歌ってくれている辺りは比較的しっかりと聴ける。トータル14分、服のポケットに入れてボイスレコーダーで録音したかのように時折り擦れる音が入って音質は悪いが、ムーディー且つロマンティックな演奏をしていたということは十二分にわかる音源だ。尚この時アンディ・アローがゲスト出演している。この後彼女はNPGの一員として2011年のWelcome 2 Americaユーロ・ツアー2011及び続くカナダのツアーにおいてセカンド・ギターリストとしてプレイするようになる。アンディの登場は突然の出来事であった。“彼女がやってくるのは、いつも思ってもいない時、でもとてもウエルカムなサプライズなんだ、無防備な時にはドッキリしてしまうんだけど、彼女はそんなこと気にしない”。プリンスはアンディにもうゾッコンだったと推測する。When She ComesのComeはエクスタシーを迎えるという意味でもある。この曲ではその手の描写が歌詞にあるが、つまりShe彼女はプリンスの恋人、ということで、ライブ中にアンディに仄めかして誘っていたのではと筆者は邪推する。『Hitn Run Phase Two』でのヴァージョンはメンフィスのハイ・サウンドの70年代前期マナーなバラードで、美しさ直球勝負曲だ。アンディ、これでどうかよろしくお願いします的念が込められているように思えるのだが、オリジナル・ヴァージョン『Welcome 2 America』収録のものは恐らく、ホーンもなく、プリンスのヴォーカルの妙が如実に味わえる、とてもピュアでフォーキーなものになっているのでは、と妄想してしまう。そう、トラバドールでのライブ演奏にホーンが入っていない、そんなピアノ主体のロマンチックなヴァージョンではないかな、と。
1010 (Rin Tin Tin) (4:42)
2010年ペイズリー・パーク、しかしそれよりかなり前の1994年もしくは95年に作られた可能性もある(後述する「18 & Over」との歌詞の類似性から)。2017年にロンドンO2で催されたMy Name Is Princeにおいてこの曲の歌詞が映し出され、キーはFの、ヴァースがないジャム風の曲だと紹介していたそうだ。その歌詞で、If U ask the Lone Ranger Rin Tin Tin (1010)とあり、ローンレンジャーはアメリカの30年代のラジオドラマ、50年代にはテレビドラマ化、後に映画化もされた大変有名な西部劇のこと。そして、リン・チン・チンは、第一次世界大戦頃映画スターとして活躍した雄のジャーマン・シェパードのことで、1950年代のテレビ番組『The Adventures of Rin Tin Tin』を特にモチーフにしているのではないかと思われる。そして1010はチンチンと発音して、プリンスはその犬の愛称を短く呼称しているのではないだろうか。西部劇に流れるような勇ましいマーチ、でもそこはプリンスらしいワンコードのファンクでカッコよくアップデートした曲にしている、そんな推測を筆者はする。尚94年夏に作られた「18 & Over」で、主人公ローン・レンジャーが愛馬に乗って唱える“ハイヨー、シルバー!(Hi-yo Silver)”の掛け声やインディアン嘘つかないで有名な青年トントが主人公を呼ぶ“キモサベ”が、Just like a Kimosabi, Bone Ranger、とその歌詞で登場している。Bone Rangerはローン・レンジャーからもじったプリンスの造語。2010年12月10日のWBLSのラジオ・インタビューで(モーリス・ヘイズも一緒にいた)プリンスは、時計のサンプルはいつも10時10分を指しているよね、1010だ、と自分の時間の使い方が人とは違うという説明をしようとした際にそう語っている。どういう意味でそんな引用をしたのかは不明だが、何か時間に関係することがこの曲にあるのかもしれない。
Yes (2:56)
2010年3月、恐らくヴォルト内の写真にあったテープに記載されている情報より、2010年3月15日のレコーディングで、その日は「Welcome 2 America」、「Dance 2 The Higher」も作られていると書かれてる。そのテープには「Yes (LP)」というタイトルの曲もあり、オルタネイト・ヴァージョンではないかと思われる。尚ザ・ファミリーに同名の曲があるが、それとの関係は不明。
One Day We Will All B Free (4:41)
2010年、2011年、もしくはそれより前、全くレコーディング不明の曲。ダニー・ハザウェイの「Someday We'll All Be Free」のカバーではないようだが、何らかのインスパイヤーがあるのかもしれない。
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