さいとうたかをとプリンス

ビッグコミック編集部が、さいとうたかをさんが膵臓がんで逝去された、と発表した。84歳だった。膵臓がんは早期発見が難しく、わかった時にはかなり進行していたということが多い。それでも連載している『ゴルゴ13』がもう書けない、というタイミングをさいとうさんは悟ることが出来たはずだ。『ゴルゴ13』の最終回は金庫にしまってある、という噂があった。さいとうさんはこう語っている、“一時期、最終回のラフが金庫にしまってあるなんて噂もありましたけど、それはデマです。私の頭の中にしかありません。いつ発表することになるのか、あるいは私が急にどうにかなって、永遠に発表する機会は訪れないのか、さてどうなるんでしょうね”。

しかしさいとうさんがこの世にいなくなっても『ゴルゴ13』は続くことになった。“さいとう氏は生前から「自分抜きでも『ゴルゴ13』は続いて行ってほしい」という、いわば分業体制の究極とも言えるご希望を持たれ、さいとう・プロダクションを、そのような制作集団として再構築されました”。“今後は、さいとうたかを氏のご遺志を継いだ、さいとうプロダクションが作画を手がけ、加えて脚本スタッフと我々ビッグコミック編集部とで力を合わせ『ゴルゴ13』の連載を継続していく所存です。どうか今後とも、ご愛読ご声援をよろしくお願いいたします”。

読売新聞に『ゴルゴ13』がコロナ禍の一時期を除き53年間ほぼ休みなく続いた秘密、それは読者を最優先していることにあると書いてあった。また自分の絵に自信がなかったことが集団制作のプロダクションを作った理由の一つとし、“漫画は映画作りと同じ。色々な才能を持ち寄った方が良いものが出来る”と語っている。

さいとうさんの逝去の報を聞く前に僕はプリンスの死についての原稿を終わらせようとしていた。以下がその文章だ。

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プリンスの未発表曲が納められたヴォルト。プリンスしか知らないパスワードで厳重に保管され、彼以外開けることは出来なかった秘中の秘。しかしファンにとっては一体どんな曲が眠っているのだろうと大いなる関心の的となっていた。プリンスはこれらの曲をどのような扱いにするかは誰にも告げることなくこの世を去った。もしプリンスから告げられたんだと誰かが言っても、プリンスが本当に言ったかの証拠なんてない。プリンスがインタビューする際にインタビュアーに録音機材を一切持ち込ませなかったのだから、そのようなエヴィデンスを残す愚をプリンスが冒すはずはないのである。

つまり誰かがヴォルトをドリルでこじ開けない限り、中の楽曲は一生眠ったまま。否それどころかテープの経年劣化が進んで、聴けなくなってしまう曲だってあったかもしれなかった。よって僕はプリンスがこの世にいない以上、ちゃんとした誰かが未発表曲をしっかり管理、保管する、そのためには未発表曲を救出すべくドリルでこじ開ける必要はあった、と思っている。

ただプリンスが何も告げなかったことで、膨大な未発表曲は一体誰のものになるのか、という問題が出た。もちろん親族が相続する。プリンスは2度結婚したがその後独身、子供もいない。だが血の繋がった親戚は妹のタイカ他少なからずいる。彼女たちが相続した楽曲を転売し自分たちの利益にする。法律を守っているのなら別に悪いことではない。

プリンスはヴォルト内の未発表曲をリリースする気はあったのか。もちろんあった。プリンスにとって未発表曲は、その時点で未発表、というだけで、いずれリリースするタイミングだ、とプリンスが思った時には世に出る、そうなるために待機していたというだけだ。しかしヴォルトにあった全てを、ではないだろう。実際ファンにとってはその全てが宝物であるのだが、プリンスが聴かせたくない曲、もし死ぬのが事前にわかったのなら、整理してからこの世を去りたかったはずだ。

『1999 Super Deluxe Edition』に収録された「Rearrange」という曲がある。

*リアレンジ、既存の曲などに再度編曲を加えて、新しさやこれまでとは異なる趣を演出すること。

心をリアレンジしなくちゃ
泥酔してんじゃないの?
僕らが見苦しく昔のファンクなんかプレイしてる、って思ってるだろ?
髪をほどいてリラックス
違うやり方しなくては
色々な所へ行きたいのならね、わかった?

人は変化しようとしない
キッズは愛そうとしない
リアレンジしなくちゃ
僕らが夢見る人達
君のサウンドでは僕を躍らせることはない
僕はわずかなチャンスさえあげないよ
リアレンジだよ、リアレンジ

全く新しい番号にダイアルしなくちゃ
同じ場所に留まってちゃだめさ
ワルツやルンバじゃファンキーになれない
ヘアースタイル、ファッション、ボディとソウル
時代遅れにするなよ、歌おう!

81年12月8日にサンセット・サウンドでレコーディングされた。プリンスのセカンド・アルバムに収録の「Sexy Dancer」のカッティング・フレーズが登場したりするが、後の「Lady Cab Driver」にも繋がっていくサウンドとして、プリンスのミネアポリス・ファンク確立への橋渡し的な楽曲だと言える。当時プリンス・ファンク部門の担い手であったバンド、ザ・タイム用に作られたという説もあり、それはそれでかなり納得は出来る。プリンスの曲「Sexy Dancer」をザ・タイム用にリアレンジしたということになるわけだが、曲を作る上の心得を歌っている点、ザ・タイムが実はプリンスが後ろで全て操っていた覆面バンド、その種明かしになってしまわないかと結果リリースを控えたのかな、と思ったりする。

88年にプリンスはエンジニアのチャック・ズイッキーに依頼して、ヴォルト内にある“今までミックスをしたことのない”曲をミックスさせた。その際にこの「Rearrange」も含まれていたそうである。一方『1999 Super Deluxe Edition』に収録されている皆が聴くことが出来るミックスは、81年に作られたオリジナル・ミックスを可能な限りニコ・ボラスが再現したものだ。よって88年のチャック・ズイッキーのミックス・ヴァージョンがあり、それはどのアルバムにも未収録、まだ世には出ていないミックスとなる。「Rearrange」をリアレンジしたが結局お蔵入り。気に入らなかったのが理由なのか、いずれかのタイミングでリリースしようとしたのか、その時には再度リアレンジするつもりだったのか。この手の曲は正直、プリンスは完成させるまでは聴かせたくなかっただろうなあ、とは思う。

プリンスの久々のニューアルバム『Welcome 2 America』。その幻の未発表アルバムも、プリンスはリアレンジしたいと思いつつお蔵入りしていた、と言えるだろう。しかしそれでも僕はプリンスの未発表アルバム、未発表曲が聴きたい。理由はただ一つ。プリンスがすることは最高レベルだからだ。

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最後の文章を含め、もっとリアレンジして原稿を完成させたかったが、もうこのタイミングしかないと、えいやと出してみた。

さいとうプロダクションの分業制とは真逆の、プリンスだけしかわからないプリンスの仕事。プリンス・ファンのためにヴォルトの未発表曲は解放されて欲しいし、これからの音楽を継いでいく意味でも同様だ。さいとうさんが分業制にしてくれたことで『ゴルゴ13』は続く、読者のために。きっとさいとうプロダクションは使命を全うしたと思えたその日まで続き、さいとうさんより委ねられた最終回をしっかりと描くことだろう。プリンスの音楽はプリンスだけしか作れないものだけど、既に作られた膨大の作品がヴォルトにある。『Welcome 2 America』を聴きたくなかったのですか?プリンスの連載も続くべきではないですか?そのためには多少リアレンジする必要があるだろう。その仕事をするのは、プリンスがいないなら、プリンスの音楽を愛する人によって行うしかない。


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