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職場からの逃亡② 震え

ぼくは職場から逃亡する。最近の心の動きが落ち着かなくて、少し自分を慰めるために、この文章を書く。

ぼくは今、社宅で上司と隣り合わせで住んでいる。ぼくは上司の接し方や人柄から、ひどく精神を傷めてしまい、退職を決意した。「死にたい。ぼくが死ねば、彼の人への接し方が明るみになって、みんなが幸せだ」なんて思うこともあった。しかし、こんな下らない、馬鹿馬鹿しい理由で死ぬわけにいかない。ぼくにはまだまだ行っていない土地や、食べていないものがたくさんある。

いま住んでいる地域が実家から遠いこと、転職先は同じ県内であることを踏まえて、いったん県内の貸し倉庫に家財を保管することにした。見積もりを頼んだ大手の引越し屋さんには全て断られたが、個人でやっている方を何とか見つけた。貸し倉庫の契約もそろそろ済む。計画は順調なはずだ。

こういうことを企んでいるときに限って、普段起こらないことが起こる。上司の機嫌が妙にいい。そして、上司の上司から「トモフミ子くんは今年度、本当に頑張ってくれました。ささやかながら、賞与を月末に支給します。来年度もお力を貸してください」というメールも来た。

上司の上司は、ぼくが辞めたいということを多分知らない。ぼくの直属の上司には、「退職について掛け合ってほしい」と伝えてあるのに、上司の上司はいつも「トモフミ子くんは来年も期待してるよ」みたいな接し方だ。直属上司は、上にぼくの退職話を報告していないのだろう。再三、話をしてきたのに、うんざりだ。

ぼくたちは社内チャットでやり取りをしている。スマホにもそのアプリを入れておかないといけない。そして、スマホが震えると、身構える。ヤツからのメッセージか?と。実際は友だちからの連絡だったり、ほかのアプリの通知だから、杞憂に終わるのだが。

望んでいないのに、全身が過敏になって、危険を察知しようとするようになった。体毛の1本1本が、過敏に反応していると例えてもいいくらいだ。上司の名前を画面に確認すると、毎回、体温が上がって、心拍が耳で聞き取れるくらいに身体が震え出す。携帯電話の通知音に似た音を聞くと、心が警報を鳴らす。ポケットに携帯電話が入っていないのに、腿が振動する。社宅の部屋にいるとき、上司の横柄な感じの足音を聞くと、不快な黒い染みが心に広がる。

上司とコミュニケーションを取ると、何かしら傷つけられてしまうことが多い。だから毎回、ダメージを減らそうと身構えてしまう。そして皮肉なことに、上司の機嫌が良いと、強い安心感を覚える。ときに強い信頼感のようなものすら覚える。これは、DVと同じ原理だな、と自覚したときにはもう、心が疲弊しきっていた。

職場からの脱出を企てて、日にちも決まったというのに、心が晴れやかにならない。むしろ、脱出がバレないかどうかの不安が、心配を掻き立てる。でも、この心と体の不調は、もう半年前から出来上がってしまっている。ぼくは医者じゃないから分からないけど、最高の治療法は、やっぱり距離を取ることだと思う。

やっと脱出できるという期待に心が躍る。脱出がうまくいくか不安になる。快と不快とを何度も行き来して、なんだか落ち着かない。好きな読書も出来ないし、集中して一つの映画やドラマすら見られない。脱出を決意してから1週間、集中が20分以上続かなくなった。

とにかく、いまは耐えるときだ。
出勤は、あと1日。ぼくの休日に、上司が出張に行く。そのタイミングを狙う。

「そんなに耐えて、何になるの?今を楽しみなよ」
という言葉が身に染み込んできたとき、妙に吹っ切れて、開放感で満たされた。
あれよりもさらに気持ちの良い瞬間まで、あと少し。開放感じゃなくて、開放されよう。

トモフミ子

noteを読んでいただきありがとうございます。よろしければ、暇なときなどにまた見に来てください。もし何か、考えたことなどがあれば、感想をお聞かせください。そこから少し、楽しいコミュニケーションが生まれたらうれしいです!