十.第三章⑥:ただ一人の為にだけ捧ぐ推理(あい) 視線、視線。向けられる眼に彼女の肩が跳ねる。捕らえられた獲物が逃げ場を失ったように。 怯える小動物が死を覚悟した、歪んだ顔を〝彼女〟はしていた。 「自分が〝日野優子〟であると主張するのならば、君の右肩を見せてくれないだろうか? あぁ、健司先輩は庇う可能性があるから俺が確認しよう」 隼がそう言って〝彼女〟に近寄り――拒絶された。 ばっと右肩を押さえて飛び退く、その行動だけで〝彼女〟が優子ではないことを表していた
九.第三章⑤:猛禽類の眼は獲物を捕らえる 残された琉唯は香苗の遺体に目を向ける。隼は香苗の首元に残る絞殺痕を巻かれた縄に当てていた。ぴったりと太さが合うのをみるに凶器はこれで間違いなさそうだ。 フリルのあしらわれたブラウスに乱れはなく、争った形跡というのはない。ふと、目に留まった胸元が湿っているように見えて琉唯は触れた。 「濡れてる」 「水分か」 琉唯の気づきに隼が近くを探すも、飲み物の入ったペットボトルなどは見当たらない。飲料水を零したのでなければこの濡れた服
八.第三章④:また一人、消えていく 人が一人、死んだとて時間が止まることはなく、過ぎていく。暗くなった外はこのままずっと閉じ込められたままなのではと、錯覚してしまうほどに雨が窓を叩いている。 十九時過ぎた頃、誰も喋らないリビングルームはもう部屋に戻った方がいいのかもしれないと感じるほどに気まずい。千鶴と浩也は戻るタイミングを窺っているように顔を見合わせた。 琉唯も居心地が悪い場所にこれ以上、居たくはないなと思いつつも、勝手な行動はしたくはない。自分が部屋に移動すれ
七.第三章③:不安定な人間たち 「隼。この雨の中、外に出るのは危ないぞ」 「敷地内から出るわけではない」 開け放たれた玄関扉から激しさが増す雨を眺めながら琉唯が隼を止めれば、「プレハブ小屋に行くだけだ」と彼は何でもないように返した。 はぁっと思わず聞いてしまう。プレハブ小屋には隆史の遺体が置かれているのだから、そんな場所にどうして行くのかと問いたくなる。隼は確認のためとだけ言って傘をさして玄関を出たので、琉唯は慌てて追いかけた。 風は少しばかり勢いを弱めているけ
六.第三章②:荒れる天候に訪れる恐怖 ザアザアと激しい雨が窓を打つ。強風ががたがたと窓枠を揺らし、遠くの景色が見えない。目を凝らしてやっと海が荒れている様子が窺えた。 外の様子を確認しようと玄関を開ければ、あまりの雨脚に地面は大きな水溜りで、歩けば足は濡れるだけではすまない。さらには木々をなぎ倒さんとする風に吹き飛ばされそうになる。 この天候では外の作業などできるはずもなく、船も出すことはできないだろう。いつ治まるのだろうか、そんな不安が少しばかり過る。 琉唯
五.第三章①:離島の別荘清掃バイト 七月も中旬に差し掛かったある日。もう数日もすれば長い夏休みに入る大学のカフェスペースで琉唯はレポートに追われていた。これを終わらせることができなければ、夏休みなどないに等しいので必死に片づけている。 参考資料などは隣にいる隼が進み具合によって適切に選び、わざわざそのページを開いて教えてくれていた。彼は全てを提出済みなので後は夏休みを待つだけでいい。なんと、勤勉なのだろうかと琉唯は羨ましく思いつつも、手を休めることなく進める。 「え
四.第二章②:愛している人を悲しませるのは愚かな行為だ 「また、君たちか」 屋敷に到着した警察が現場へやってきて捜査されている中、琉唯は目の前でなんとも言えない表情をしている田所刑事に苦く笑い返す。部屋にやってきた彼は琉唯たちを見て渋面をさらに渋くしていた。 隼は特に顔色を変えるわけでもなく、ただ捜査している警察官たちを眺めていた。彼が大人しくしているのを見てか田所刑事は「何もしていないだろうね」と琉唯に聞いてくる。隼に聞かないのは彼の言動が言動だからだろう。
三.第二章①:占い館殺人事件 「ねぇねぇ、緑川くん」 「何、時宮ちゃん」 「占いって興味ある?」 大学のカフェスペースで隼に腰を抱かれながら座っていた琉唯は、目の前でサンドイッチを食べている千鶴へと目を向けた。彼女は「先輩に集団占いに誘われてさぁ」と話す。 「私の知り合いの先輩にさ、占い師をやってる友人を持っている人がいるんだよね。占いって私、興味あるからさ。ちょっと聞いてみたら、集団占いやるから来る? って誘われたの」 千鶴の話に琉唯が「集団占いって?」と問えば
二.第一章②:君の為ならば推理などやってのけよう はぁと琉唯は溜息を零した。それも隣を歩く隼のせいである。彼はサークル勧誘をしてきた部長に苛立っているようなのだ。琉唯に何を言って誘惑しようとしたのかと。隼に好意があるという邪なことは言わずに「サークル勧誘を受けて断るためにミステリー研究会に行ってくる」と訳を話したらこれだ。 別に誘惑されたわけではない。と、いうか部長の狙いはお前だよと言ってやりたいのだがやめておく。余計に面倒なことになるからだ。自分に近づくために琉唯を
一.第一章①:前方彼氏面な鳴神隼という男 入学シーズンを終え、大型連休を乗り越えた五月上旬。南八雲大学のカフェスペースでは学生たちが勉強や談笑に花を咲かせている。賑やかなカフェスペースの窓際のテーブルで、緑川琉唯は襟足の長い栗毛を耳にかけて、目立つ紫のメッシュを揺らしながら腰を掴む腕を叩いていた。 「隼、頼むから離れてくれないか?」 「何故?」 何故と不思議そうに顔を向ける彼の猛禽類のような眼が細まる。ウルフカットに切り揃えられた黒髪が彫刻のように整った顔に映えてい
山を下りていく中、夜叉は鵺に肩を叩かれた。振り返れば少し離れておぼつかない足で山道を歩く小夜に気づく。歩幅の差もあるが足場の悪さに苦戦しているようだ。 少女の姿をしているとはいえ、天女である彼女に体力がないとは思えず意外そうに観察していれば、小夜に「天ではあまり歩かないから」と言われる。 羽衣で空を飛べる天女はあまり歩くことがない。歩けなくはないけれど、ずっと歩き続けるという経験は少なかった。今は修行に出ているために羽衣は没収されているのだが、小夜は「歩く練習はちゃ
もう数刻もすれば陽が昇る。夜叉は疲れたような表情を見せながら山の中を歩く。物の怪を退治し、死した娘を山村に持っていけば、彼女の両親は涙を流し、村人たちは悲しんだ。そこまではよかった。 物の怪は死んだのだからもういいだろうと夜叉がさっさと出ていこうとすれば、彼らは「どうかこの村に残ってくれ」とまた泣き落としにかかってきた。 物の怪が死のうとも山の怪異は恐ろしい、腕の立つ貴方様がいらっしゃれば安心して暮らしていけると。なんと自分勝手なのだろうかと夜叉は嫌気がさす。嫌悪ま
捕捉:見どころなど ①夜叉は神に罰を与えられた罪人であり、彼はその償いの旅をしています。神々の頼みを解決していきながら、自身に罰を与えた神の許しを待っています。彼が罪を犯した理由は父として慕っていた存在を人間の勘違いによって殺されてしまったからです。たった一人、自分を愛して育ててくれた存在を失った悲しみと、復讐によって神に罰を与えられた愚かさなどを表現することができます。 ②夜叉の自称相棒として鵺という妖怪が旅に着いてきています。彼は夜叉の過去を全て知っている数少ない存在
どうも、巴雪夜です。長い前置きとかは置いておいて本題に入ろうかと思います。まぁ、タイトル通りの内容です。 小説を書くのが好きなんですがコンテスト参加とか公募とかしながら細々と活動していました。でもって私の趣向って一般受けしないんですよね。例えば人外×少女。獣耳尻尾なイケメンや美少女も好きなんですが、ガチめの人外が特に好きなんですよ……魚人とかね。まぁ、受けないのは丸わかりなんで自重はしています。 ハッピーエンドが好物で、溺愛ものが好き、カップリング固定派。なのでハー
こんばんは、巴雪夜です。 タイトルの通りですね。カクヨムコン7にただいま参戦しております。何作品か参加しているのですが、いくつか紹介させていただきます。 ①ベストパートナーは最強(元)騎士様!?〜竜の瞳を持つ殿方を助けたら懐かれてしまいましたがこの方、(愛も力も)強すぎます〜 - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16816700428700099582 この作品は好きを隠す気のないヒーローに懐かれて溺愛される死に戻り令嬢の恋物語になります。
初めまして、巴雪夜(ともえ ゆきや)です。 私のデビュー作、12月09日にカドカワ読書タイム様から「レコード・トーカー 初心者カードゲーマーと運命のカード」が発売されました。 これはWEB小説投稿サイト「カクヨム」のカクヨムコンテスト朝読小説賞受賞作になります。小中学生の朝読に良い作品として選ばれたようです。 これはタイトルの通り、オリジナルのカードゲームを題材にしたお話になります。主人公の咲夜が一目惚れしたモンスターカード「ダスク・モナーク」と共にカードゲームへチャレ