友達以上恋人以下
______二日前
「そんなんで、大丈夫なの…?」
彼女の積み重なる無計画さに呆れて、彼がため息と共に言い放った。彼は彼女に直接的に当たらないよう、卓上にある物を薙ぎ払った。その時床に落ちてしまった止まった時計が君の視線を捉える。
「別にどうだっていいけど。」
彼の立て続けの冷たい言葉に彼女は表情を変えないまま視線を逸した。都合が悪くなるといつもそうして誤魔化す。そんな彼女に彼は苛立ちを募らせていた。
しかし、彼女に対してずっと無関心だった彼にとっては、その苛立ちさえも大きな存在になりつつある。
______二人はいつの間にか恋人になった。
ファッションのタイプが似ていて、よく自転車を跨いでは一緒に古着屋を巡っていた。聴く音楽はお互い似たジャンルで、二人の空間にはいつも落ち着いたBGMが時と共にゆったり流れていた。
二人は味覚も似ていたようだ。約束のない日でも、急に会えることに決まると、大抵ラーメンか焼き肉か、穴場の韓国料理店のサムギョプサルを食べに行く。
だが二人は恋人より友達のようだった。
都会の中心地にある鳩と人が集う公園で、二人隣り合わせてベンチに座っても、妙な距離感がそこにはあり、恋人同士にはどうも見えない。
その足元に転がったペットボトルのように、大して目に触れないくらいの二人だった。
______今朝、彼女が熱を出した。
普段元気な彼女にとっては、それはふらつく程にきついものだった。彼はそんな彼女の様子を見に自転車で家へ向かった。二日前の自身の冷たい発言を少し気にしていたためでもあり、普段から少ないLINEのやり取りの更なる激減にやけに不安になったのだ。自分で起こした空気とは言え、気まずさはお互いに隠しきれなかった。
「大丈夫?…じゃなさそうだな」
スウェット姿の彼女の目は潤んでいて、いつにも増してまあるい背中をしている。まるで一時期ブームになっていた動物園のパンダのようだ。気まずさからなのか、無言で水を飲みきると背を向けて椅子に座る。
「あ、これちょっとだけど…」
そう言って彼が渡すのはレジ袋に重そうに入ったスポーツドリンクやゼリーたち。彼女は振り向くとそれに手を伸ばして持って来てもらおうとする。背もたれに抱きつくようにするその姿勢はもう、椅子にしがみつくパンダだ。
「病人にソフトサラダはどうなの?食べたかったの?」
ガサガサと袋の中身をテーブルに出しながら、やっと立ち上がった彼女の第一声がそれだった。精一杯の嫌味だろう。
「うるせぇなぁ、塩分だよ!」
と図星かのように彼は言う。そんな彼を見て彼女もゆるりと笑みを浮かべた。
「ありがとう…」
彼女がいつになく素直に言うものだから、彼は驚いてしまった。
(君の視線を向けてくれた…)大した喧嘩をしたわけでもないのに、彼は彼女の一言に大変安堵した。
(君の目に映る男の子は紛れも無く俺だけだ。)と大袈裟だが自信高々にも思えた。
何も言わずにソフトサラダの袋を開け、一枚取り出すと、少し脇を開いてパキっと半分に割る。
「欠けちゃった」
と苦笑いをしながら彼女が彼に渡すのは一口サイズに割れた方だった。コンビニでこれをカゴに入れたときとは大きく違う気持ちに、彼はその塩気を味わった。
______また二日後。
すっかり元気な様子の彼女は、雨の降る中、古書店に行くと言い出した。彼もとくにすることもなく暇を持て余していたのでついていく。二人それぞれの別々の傘に入り、彼女の斜め後ろを彼が歩く。そんなところがまた恋人らしくなかった。
古書店の入り口にビニール傘を二つ立てかけて、古紙独特の臭いを嗅ぎながら、お互いに好きな本を求めて背表紙に指を這わせる。狭い店内でも、同じ列を見ていた瞬間なんて僅かだった。
二人の腕に抱えられた本が2冊、3冊と増えた頃にやっと、彼は彼女の様子を伺った。小さくしゃがみこんだ背中に声をかけると、焦ったようにすくっと立ち上がる彼女。何を見ていたのか気になり同じところにしゃがむと、彼女も横でまた小さくなった。
「へぇ…気になるの、こういうの」
彼がまた冷たく言ってしまう。
「遠回しな表現が好きなの…際どい言葉とか素敵なんだよ」
彼女は意外にも堂々としていて、目を細めてその本たちを手に取っていた。
「ほら、欲望の粘ついた手とか、密かな願望とか」
興奮気味に訴えてくる彼女に少し困惑する彼。
「甘美な時間だってよ、」
と彼は小声で控えめに言う。そうしているうちに二人はしばらくそこでそんな言葉たちに目を向けていた。
部屋に戻れば購入した古本をダラダラとした格好で読み始める。彼はコーヒーを、彼女は紅茶を淹れて、雨音を聞きながら物語の世界へ入り込む。
「天の川へのロマンチックな印象がなくなってしまいそう…」
読後の彼の第一声は、少し落ち込んでいるようだった。
「ギリシャ神話は変に真に受けない方がいいよー」
彼女はそんな本をいくつか読んでいるためか、珍しくないというような反応をして答えた。
「ミルキーウェイって継承だけで、よくこんな話が書けるよな、」
ページをパラパラと捲り、思い返しながら彼女にその本を渡す。
「作者にとって天の川が何か思い出深いものだったのかもしれないね」
彼女はまるで作者の気持ちを知っているかのように言った。
「夏が来たらさ、見に行こっか、天の川」
降りやまない窓の外の雨を見上げながら彼がぶっきらぼうに言った。
「行きたい。ゆっくり星見たい。君と」
目を輝かせた彼女が言った。珍しく恋人らしい会話をしていた。雨の日だった。
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インスタのストーリーで単語を募集し、
それを使って物語に入れ込みました。
無理矢理感が酷いですが、
読んでくださりありがとうございました。