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『読みながら書く』 3

三、宇野弘蔵

 

“ぼくは以前に大病を二、三回したのです。そのときに、もうあの世へ行くかと思っていた。そのときに負け惜しみですけれども、あの世へ行ったら、その当時はたばこを吸っていたのですけれども、マルクスもよくたばこを吸うから、たばこを吸いながらマルクスと話をしてみたい。「自分は『資本論』についてこういう考えを持っているのだけれども、どうでしょう」と。マルクスに必ずしかられるだろうと覚悟はしている。しかし、ことによるとほめられるかもしれない。そういう話をよくしたのです”

(宇野弘蔵『資本論に学ぶ』ちくま学芸文庫 49ページ)


私はマルクス主義をよく知らない。ただ、「安易にのめり込まない方がいいもの」という感じが何となくあり、深く学ばずに生きてきた。その感覚は今日も変わっていない。しかし今引用した宇野弘蔵(マルクス主義経済学研究者)の本は、文章に味わいがあり、不思議な魅力がある。おそらく何度も読む本になると思う。

宇野弘蔵とはどういう人か。『資本論に学ぶ』の著者紹介文を引用する。

“宇野弘蔵(うの・こうぞう)
1897年、岡山県に生まれる。1921年、東京帝国大学経済学部卒業、ドイツ留学を経て、東北帝国大学助教授に着任。(中略)1977年、79歳で死去。マルクス主義経済学を専門とし、その独創的な資本論読解により宇野学派と呼ばれる学派を形成した。”

宇野弘蔵の文章を読むと落ち着く。マルクス主義を勉強せずこんなことを言っている私は叱られるとは思うが。

“わからんところはとばして読めばいい。『資本論』の一字一句をわからんところを考えてとうとう一生を過ごしたということになると、ついに読めないことになりますからね。あれだけえらい本ですから、わからんところはすっと通ったらいいのです。そしてもういっぺん読めばいいのです。ほんとに、そうかたくならずに読むということが、やはり必要だと思うのです。”

(同書 97ページ)


この文章から感じる雰囲気は、「1.なぜ書くか」の冒頭に書いた精神科医の雰囲気に似ている。

 

宇野弘蔵はこのように穏やかに語りつつ、時々どきっとするような一節を吐く。

“もちろん社会主義をやるのには、計画経済をやらなくてはならないのでしょうけれども、核心は何かというと、労働力商品化の廃絶、つまり人間の能力を商品化しないということで、そういうことが資本主義を社会主義に変える根本の目標であり、その点は経済学の原理で与えられると思うのです”

(同書 55ページ)


人間の能力の商品化は、2023年においては当たり前の現実になっている。いやなこっちゃな、とは思う。が、では何をし、何を考えるべきか、今はまだ分からない。私に出来る事は、今のところは、こうして本を読んだり文章を書いたりして心を落ち着けつつ、出来るだけ心穏やかに生活を続ける事であると思う。焦らず行きましょう。

(2023年6月13日)

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