1「チャックまに出会った日」 (08)
■コグマ その4「不思議な出来事」
なんだか話し声が聞こえたような気がして、コグマは目を覚ましました。けれど起き上がってみると誰もいません。
「幻だったのかしら…もしかしてお父さんとお母さんがボクのことを心配して呼びに来てくれたのかな…」
夜空を見上げると、今日は満月。真っ黒な空にまん丸いお月さまが煌々と輝いています。今日のコグマにはそのお月さまの中で、お父さんとお母さんが微笑んでいるように見えました。
「ボクも、お父さんとお母さんのところにいくのかなぁ…」
お腹がペコペコのコグマの願いがそんな風に見させたのかもしれません。月からこちらをのぞき込んでいるお父さんがこちらに向かってお魚を放ってくれたようにコグマには見えました。その幻のお魚を受け取ろうと、コグマが思わず手を差し伸べると…
「冷たっ!」
驚いて手を引っ込めると、手にあたった冷たいものが足元にポトリと落ちました。
それは何と鮎、本物の鮎だったんです。
あり得ないことが起きたのでコグマはどうしたらいいのか一瞬戸惑いましたが、次の瞬間にはそのピチピチと暴れている鮎にかぶりついていました。心底お腹が減っていたので、鮎がまた幻に戻らないうちに食べなきゃ、と思ったのかもしれません。コグマが頭から尾びれまできれいに食べきると、また次の鮎がポトリと落ちてきました。そうして結局五尾の鮎をきれいに食べて、コグマはすっかり満足しました。
お腹が一杯になったら今度は猛烈な眠気がコグマを襲いました。無理もありません。体力の消耗に加え、心労も重なって小さな体には抱えきれないほどの疲労が溜まっていたんです。
少しでも何か拠り所になるところで寝ようと近くの大木の根本に倒れ込んだ途端、コグマは小さな寝息をたてながら深い眠りに落ちていきました…
…『大丈夫だよ、心は体から自由になるだけで、いつでもコグマのことを見守っているからね』…
………おかあさん……
「夢…?」
燦々と射す陽の光が眩しくてコグマは目覚めました。夜中に一度も目をさますことなく、昏々と眠ったコグマ。気づけば陽はずいぶんと高くなっていました。考えてみれば一人で朝起きたのは初めてでした。いつもは夜明けと同時にお母さんが優しく起こしてくれていたんです。今日はお寝坊してしまいましたが、残念ながら怒ってくれるお父さんももういないのでした。
気を取り直して身を起こし、少し遅くなったとは言え十分に澄んだ朝の空気を思いっきり吸い込みました。
「気持ちいいなぁ」
雲ひとつない空に輝く陽の光に、森の木や草の緑がキラキラ輝いています。小鳥たちがピィピィと鳴きながら木から木へと飛び交っています。川の水もサラサラと穏やかに流れています。
「昨日もこんなにきれいだったかしら」
疲れと空腹で周りが全く見えていなかった昨日のコグマ。でも今は周りの風景を見てなんだか元気が出てきました。
「ボクは生きてる!生きてるんだ!そうだ、お父さんもお母さんも心だけになっちゃったけど、きっとボクのことを見守ってくれているんだ!だからきっと寂しくなんかないぞ!」
そう思ってコグマが周りを見渡すと、なんだか森全体が暖かく手を差し伸べてくれているように見えました。
「今日からまたよろしくね!」
森の木々に挨拶をしたコグマが、寝床になってくれた大木にもお礼を言おうと振り返ると…不思議なことにそこには木なんてありませんでした。
コグマが寝ていたのは大木の根元なんかじゃなく、大きなくまの膝の上でした。しかもそのくまのお腹には、大きなチャックが付いていたんです。
「これは…いったいなんだろう!?」
(09につづく)
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