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ナレーターや声優を目指すとき「養成所やスクールで学ぶと」というこ
先日のごりっぱスタジオの「夏フェス・ナレーション予備校」は、現在も養成所&スクールで2年間学んでいるナレーター初心者の方。現在は学校で与えられる課題に一生懸命ついていくのに真っ最中のようです。初々しく眩しいです。
そこで僕から「今の所、卒業した半年後どうなってる(どうしてる)イメージがありますか?」的なことを質問してみました。
まだ、ちょっとピンときてないようです。
知らないから学びたい訳ですから、未来が描けないのもしょうがない部分もあります。当然、目の前の課題や、軽いアドバイスだけに集中してしまうのでしょう。
もし売れられているのであればベストな環境だったってことですけど、売れられていないわけですから、実際のところは集中してるのではなく、振り回されてしまってるのだと思います。
う〜ん。これはちょっと問題です。
僕はナレーターや声優の養成所やスクールは「自動車教習所みたいなものだなあ」と思っています。車社会でのルールやセオリーを学んだり、運転技術を教わるところ。
ごく最低限の世界観を感じさせてくれる所という感じでしょうか。
その世界観で仕事にする/事業をしていく、つまりタクシー運転手や長距離トラックの運転手になりたいわけですから、一階層上からの俯瞰力も必要だと思います。俯瞰に上昇するってことは遠くが見渡せるってことですから
・学んだものをどう仕事に落とし込むか。つまり【近いうち次のステップが来る】として備える
あるいは
・「事業のためにどう学ぶべきか」という、最初から逆算して課題に臨む
などですね
けれど声業界の多くの学生さん/新人パフォーマーは、この「①教習所→②事業に落とし込む→③実際の活動」という段取りがあることを忘れてしまって、無自覚に②の段階をすっ飛ばして考えてしまっている人がほとんどなのだろうなと思います。
在学デビューなどの「宝くじ」の例に惑わされるからです。
実際、養成所やスクールなどでは、神々つまり制作スタッフやマネージャーや講師などが、なんらかの事情で、例えば「本当にあなたが才能に恵まれてた」とか、「運営側の政治的パフォーマンスとして」とか、「プレイはさておき人間として仲良くなれた」とか、「ただただ神々の気まぐれで」とか、とにかく、蜘蛛の糸を垂らしてくれることも、よくあるのです。
養成所だってビジネスです。事業を回すのに必死です。宣伝広告として第一にやるべきことは新人をデビューさせ結果を出さなければ死ぬからです。
だから養成所&スクールに通っている期間の毎日毎秒、蜘蛛の糸ガチャが回り続けているのは確かです。
そして運よく選ばれし新人は、養成所側の思惑というビッグウェーブに乗って、面倒な事業のことなんか考えず、②をすっ飛ばして活動のフェーズに上がれます。
けどそれらは超特例です。
確率は宝くじと同じくらい。
期間中、大当たりを引けない人の方が99パーセントです。
教習所では「やがて事業に落とし込むもの」と頭の片隅に置きながら教習を受けておくことが大事です。
僕はこれを「リアリティ」と呼んでいます。