第5話: 演出は「目的」振り付けは「手段」
山上: 第4話で『多くの方は振り付けと演出の区別がついてないらしい』と言いました。説明すると『演出とは目的。振り付けは手段』です。
新人ちゃん:なるほどわからん! 詳しく?
山上: 例えば収録中「この後すぐ!」って原稿があったとします。プレイヤーの読みを聞いた上で、僕から「次のドキュメントパートにつなぐために”切り返しがつくように”言ってくださーい」とオーダーを出したとします。
で、プレイヤーが読み直しても良い効果が得られないとき、僕はやむなく一例を出します。「例えばこんな感じで、似てなくて良いから売れっ子の○○さんがやらんとしてることをやってみてくださ〜い」などですね。
新人ちゃん:「○○さん風に」っていうのは、必ずしも即物的な「モノマネを求められてる訳でもなかったんですね。
山上: で、その「○○さんっぽく」をやってもうまくいかないことも良くあります。そこで僕としてはもう一段踏み込んでついに口に出して実演します。「例えば”この後す〜ぐッ!”とかかな〜」って。
ここで、プレイヤーはピンとこないまま言われた通りに口に出す場合があるんです。「この後すーぐ!」とかですね。
で僕から「すーぐ!じゃなくてす〜ぐッ!って感じにできます?」って言うんですけど。
新人ちゃん:ほいでほいで?
山上: この場合の目的は「切り返したい」です。だから極論「す〜ぐッ!」でも「すぅぐー!」でも「すぐーーーーーッ!」でも何でも良いんです。
そもそもご本人のサンプルなんだから勝手に原稿変えて「CMの後ー!」でも、なんでも構わないんですよ。演出サイドはただ提案が欲しいだけなんですけど‥‥
新人ちゃん:‥‥ですけど?
山上: プレイヤーが「この後す〜ぐッ!」を漠然となぞりだしたって目的が抜け落ちたままだから当然うまく読めないわけです。サンプルにやらされ感だけが漂う。
新人ちゃん:む、胸が痛い‥‥。ディレクションに応えたいって気持ちで、視野が狭くなっちゃってるだけなんでしょうけど。
山上: 僕もプレイヤーなので気持ちは痛いほどわかります。でも「この人現場でも同じことしちゃうんだろうな」って思ってしまうんです‥‥
というかナレーションなんて究極下手だったとしてもいいのになって。ナレーター本人がなんとかGiver(与え手)側にいようとしてさえいたら、現場のスタッフだって鬼じゃないから、きっと何とかして助けてくれるのに‥‥って。
新人ちゃん:ああ他人事じゃない!辛い!でも頑張ってついていってることが、教えて君やぶさ下がり君に見えてしまうんだとしたら、それは‥‥気をつけたい!
でもでもでも‥‥私も自分のサンプル収録で「他に何かできる?」とか聞かれちゃった日にゃ‥‥自信満々に出せるプレイなんて‥‥‥正直‥‥‥無‥‥‥い‥‥!
山上: そりゃそうですよ!自信マンマンになんかなれなくて当たり前じゃないですか!
新人ちゃん:へ?! なくて良いの?!
山上: どれが正解かなんて誰にもわからないですから。演出側も最初から正解なんて求めてないんです。ましてやご本人のためのボイスサンプルの場なんですから。
こうやるけど聞いてみて?これもやってみるけどどう?って、ただ順番にやってみせてくれればそれで良いんですよ。何テイクでも。
その中でフィットするプレイが出たら即採用するし、磨けば光そうな原石プレイが出たら、一緒に削っていくのが演出側の仕事です。
新人ちゃん:「揉んでく」ってやつだ!
山上: 新人さんの中にはブースで落ち込んで、文字通り頭抱えちゃう人もいますけど‥‥。そこまで追い詰まったんならもうバーン!ってドア開けて「15分散歩してきます!」って飛び出ってくれれば良いんですよ。どんよりさせるよりゴキゲンでいることでGiver(与え手)になれてますよね。
散歩して何も思いつかなかったとしてもバーン!て戻ってきて「残念!何も思いつかんかった!そのパートはカット!うわーん!」って感じで、笑かしてくれればそれで十分オッケーです。
新人ちゃん:楽しんでて良いもんなんですね‥‥
山上: 職業ナレーターでお金とる側なんだから、エンターテナー(与え手)でいないとね。
真面目すぎる新人が陥りがちな罠に、ディレクターの認識を「アマのナレーター」「アマの講師」って捉えてしまっていることがあります。ディレクターは「プロの視聴者」です。味にものすごく詳しいけど”あくまでカウンターの外のお客さん”。トークバックから聞こえるディレクションは、カウンターの中の料理人同士の会話ではないんです。
新人ちゃん:あ〜、だから最初から振り付けを求める姿勢がダメって感じるってことか!話が繋がってきた!
山上: あなたがお客さんだったとしてカウンター越しに料理人から「指示して?」「真似するからやってみせて?」「こう?こう?」ってどんよりしながら聞かれてもね。冷めるでしょ?
新人ちゃん:料理だけにね‥‥!